2022年9月25日 礼拝説教要旨

招  詞  イザヤ46:4
頌  栄  26
讃 美 歌  歌い続けよう主の愛を
主の祈り 93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷  司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌   343
聖書朗読  エゼキエル36:22-32(P1337)
メッセージ   小菅 剛師
「神は自ら聖なることを示される」

 

説 教 要 旨
 ここには希望の神が出てきます。私たちの罪や失敗を越えて神は働かれることを知ることは恵みです。私たちの努力や熱心、まじめさによって神が聖であることが明らかになるのではありません。神自らそれを現わすと言われます。
1,神は聖なる名を自らのために現わされる:22〜23
 神の民は、聖なる民でありましたが、汚れた民となり、神の名も地に落ちてしまいました。それで、神は、民のためではなく神ご自身で、神が聖であることを示すと言われました。民の中で、神が聖であること示される時、諸国の民が神を知ると言われ、神のために行動を起こすと言われます。これは民の喜びです。
2,神が聖であることを示される方法:24〜32
 神がどのようにして自らを聖なるものであることを示されるのでしょうか。ここに、神の方法があります。

(1)神の民を集められることによって:24
(2)清い水を民に注ぐことによって:25
「1」偶像から清め神を神として崇めさせる:25
「2」新しい心と新しい霊が授けられる:26〜28
(イ)石の心が除かれ肉の従順な心となる:
(ロ)み言葉に従って歩む。掟と法を行う:27
(ハ)名実ともに神の民となり、神と交わる:28
(ニ)地の産物に実りが与えられる:29〜30
(ホ)犯した罪の行いを嘆き悲しむ:31
3,これは福音を指しています。
 清い水とは福音です。イエス・キリストと聖霊のよって神は民をきよめ、満たしてご自身が聖であることを自ら現わされます。十字架は、肉を取り除き、新しく生まれ変わらせ、神に従順な子たちを創造されました。聖霊に満たされて神の言葉に従おう。

2022年9月18日 礼拝説教要旨

オープニング チャペルズ 
讃 美 歌   豊かな人生の条件
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷   司会者
讃 美 歌  463
聖書朗読  ローマ8:26-30(P279)
メッセージ  高橋頼男師
「すべての事が益となる」

 

説 教 要 旨
 神様は、私たちの人生の問題、苦しみ、マイナスと思われることの中に働いて、すべてをプラスに変えてくださいます。この御言葉が語っている3つのことに注目しましょう。
1,「神は私たちと共に働いてくださる」
 私たちに起こって来る試練や問題は簡単に解決できないことが多く、とても難しいこともあります。しかし、大切なことは、神が私たちと一緒にその問題解決のために働いて下さることです。「万事を益とする」という言葉の主語は<神様>です。神様が(霊が)共に働いて、万事において益となるようにして下さいます。神がご一緒ならば、素晴らしい変化が生まれてきます。
2,「万事を益としてくださる」 
 これは自分の願いどおりになることではありません。「益」とは、「神の御計画によって召された者たちのために」とあり、

神様の御計画があって、その御計画が実現していく上ですべてのことが益となるのです。 まず、神の御計画、御目的があり、そこに向かっていく時、すべてのことは必ず益となっていくのです。神の御計画とは何でしょうか。それが29節です。私たちを「御子姿と同じ形にしようと」なさることです。この神のご計画実現の働きの中で「すべてが益に」なります。
3,「神を愛する者たち」 
 この神の変革と成長のプロセスにおいて、私たちに必要なことは「神を愛する」ことです。この約束は、すべての人たちではなく、「神を愛する人たち」と限定されています。神を愛して生きる人たち、神を信頼して神に従って生きる人たちに、神様はすべてを働かせ益となさるのです。壮大な旧約のヨセフ物語(創37:〜50:)には、その見事な実例が描かれています。

 

2022年9月11日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  イザヤ46:4
頌  栄  26 
讃 美 歌  主を待ち望む者
主の祈り  93−5B(P148)
開会祈祷  司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌  466
聖書朗読  詩編103:1−5(P922)
メッセージ   有賀 喜一師
「良いもので満ち足りる一生」

 

説 教 要 旨   
 序:この詩篇は、ダビデによるとあります。ダビデが罪を犯し、ナタンに責められ、深く悔い改めた後の詩篇ではないかと言われています。また、リビングストンが、6か月に及ぶアフリカ大陸探検の最後の時、多くの従者に去られ、糧食も尽き果て、自分もさながら生きた骸骨のようになっていた。約束していたスタンレーとの再会を果たした時、リビングストンは喜びのあまり、詩篇103篇を歌ったといわれます。全詩編中、最も美しい賛美の歌です。敬老祝福に相応しい「良いもので満ち足りる一生」の歌です
1 賛美の対象
(1)神のご自身。主をほめたたえる(103:1)、
  聖なる御名を(103:2)
(2)神のご性質。・神の義(103:6)、・神のあわれみ(103:8)、・神の統治(103:19,22) 

(3)神の御業。良くしてくださったすべて(キリストの受肉、生涯、十字架、復活、昇天、即位、再臨、新天新地)
2 賛美の理由
(1)すべての咎を赦し(103:3前半)
(2)すべての病を癒やし(103:3後半)
(3)いのちを穴から贖われる(103:4前半)
(4)恵みとあわれみの冠をかぶらせ(103:4後半)
3 賛美の保証
(1)人間のはかなさと神の恵みの永遠性の確かさ
(2)主を恐れ、契約を守り、みことばの声に聞き従い、
ことばを行う力ある勇士 
(3)あなたの一生を良いもので満ち足らせる(:5前半)
(4)あなたの若さは、鷲のように新しくなる(:5後半)
ここに「良いもので満ち足りる一生」に生き切る秘訣があります!祝福します!!

 

2022年9月4日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  イザヤ46:4
頌  栄  26
讃 美 歌  484
主の祈り  93−5B(P148)
開会祈祷   司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌  197
聖書朗読  ヘブライ4:14-46(P396)
メッセージ    小菅 剛師
「恵みの座に近づこう」

 

説 教 要 旨   
 「偉大な大祭司、神の子イエス」(:14)はヘブライ書の中心テーマイエスです。レビ族大祭司アロン系からユダ族大祭司イエスへの変更です。古い契約を破棄されて新しい契約の仲保者イエスへの変更です。律法の行いによる救いからイエスの真実による信仰による救いです。
1,私たちに与えられた大祭司、神の子イエス
 大祭司の主な務めは、いけにえを神にささげ、神に執り成しの祈りをすることです。アロンのいけにえは神に近づく人を完全に救うことはできませんでした(10:1)。それで神は、ただ一度キリストの体をささげて、私たちを聖なる者としてくださいました(10:10)。この大祭司、神の子イエスは天に昇られて、今も生きてとりなしておられます(7:24、25)。これをパウロは「誰が罪に定めることができましょう。・・・イエスが、神の右におられ、私たちのためにとりなしてくださるのです」(ローマ8:34)。あなたに与えられたのです。

2,私たちの弱さに同情される大祭司イエス
 神の子イエスは、私たちと同じ「血と肉をもって」(2:14)この世界に来られ「あらゆる点で同じような試練受けられ」、たからこそ、試練を受けている人たちを助けることができます(2:18)。優しいイエスは「傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心をけさず」(イザヤ42:4)同情できるお方です。そして、あなたのそばであなたの味方として立ち続けて下さいます。
3,堂々と恵みの御座に近づこう
 あなたの弱さや罪を知って、あなたを拒絶されたり、はねつけることはなさいません。ですから、私たちは、恐れず、遠慮せずに、堂々と、神が備えておられる恵みの御座に近づきましょう。私たちは、この大祭司から、今あなたの必要な助けを受けましょう。

2022年8月28日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞   ローマ5:2
頌  栄   26
讃 美 歌   青い空より
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条   93−4B(P146)
開会祈祷   司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌   385
聖書朗読  黙示録7:9-16(P448)
メッセージ    小菅 剛師
   「 天上の教会 」

 

説 教 要 旨   
 召天者の写真が飾られています。この人たちは、何処へ行き、何をしているのでしょうか。
1,天上の大群衆
 神はヨハネに大群集を見させられます。この人たちは「玉座と小羊の前に立っています」(:9,:15)。そこには天使や長老、四つの生き物がいる天です。そこは、父の家(ヨハネ14:2)、天の故郷(へブル11:16)、生ける神の都、天のエルサレム(ヘブライ12:22)、新天新地、聖なる都(黙示録21:1,2)などと表現されています。天の御国です。そこで大群衆は「声高らかに」神を賛美しています。天の御国は生き生きと賛美と礼拝をします。
2,二つの質問
 天上の長老の一人が二つの質問をします。第一の質問は、白い衣を身にまとった者たちは誰か。第二の質問は、どこから来たのか(:13)。

黙示録で、このような質問をされ、続いて説明される個所はここのみです。ということは、この大群衆について地上の私たちが明確に理解して立つことを神は願っておられるということです。
(1)白い衣の人は誰か。答えは、小羊の血によって衣を白くした人たちでした。深く罪を自覚し、悔いて十字架のイエスを信じた人たちでした。「御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます」(1ヨハネ1:7〜9)。
(2)大群衆はどこから来たのか。答えは「大きな苦難をくぐり抜けてきた人たちです。イエスは弟子たちに「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている」(ヨハネ16:33)と言われ、パウロは「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」(使徒14:22)と言い、受けた苦難を列挙しています(2コリント11:12〜28)。「思うに、今この時の苦しみは、将来私たちに現わされるはずの栄光と比べれば、取るに足りません」(ロマ8:18)

2022年8月21日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞   ローマ5:2
頌  栄  26 
讃 美 歌  豊かな人生の条件
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷  司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌  226
聖書朗読  出エジプト20:1-17(P116)
メッセージ  小菅香世子師
  「神が語られる幸い」

 

説 教 要 旨   
1、神を知る価値
 教会は神を知っていることに価値があると思う人々の集まりです。価値があると思っていない人々の世界を次のように記しています。「あらゆる不正、邪悪、貪欲、悪意に満ち、妬み、殺意、争い、欺き、邪念に溢れ、陰口を叩き、悪口を言い、神を憎み、傲慢になり、思い上がり、見栄を張り、悪事をたくらみ、親に逆らい、無分別、身勝手、薄情、無慈悲になったのです。」(ローマ1:29〜31)おおよそ見たくない文字がここに並んでいます。神無き世界の悲惨を見ます。そして、神を知ることの価値のいかに絶大なことであるかを知るのです。
2、神の声に聞くこと
 神様は、エジプトを出てきたイスラエルの民に「今もし私の声に聞き従い、私の契約を守るならば、あなたがたはあらゆる民にまさって私の宝となる。」(出エジプト19:5)と言われました。そこで神は人々に十戒を告げられました。まず神は、ご自身を示されます、「私は主」と。

神様は人と関係をお持ちになりたいのです。ですから「あなたには、私をおいてほかに神々があってはならない。あなたは自分のために彫像を造ってはならない。」と言われるのです。人生を歩むにおいてそこに神を知る価値を見出すのでしたら、まず「神」なのです。かと言って、「主の名をみだりに唱えてはならない。」のです。そして、「安息日を覚えて、これを聖別」するのです。
3、人との関わりに及ぶ恵み
 神を知り、神と関わりを持つ者は、その恵みが人との関わりの中にも表れます。「あなたの父と母を敬いなさい」両親への服従は神への服従につながります。両親は家庭において神の権威を代行しているのです。まず、家庭に神の恵みがこのように表されるのです。「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。隣人について偽りの証言をしてはならない。隣人の家を欲してはならない。」これらは、神のきよさの標準を示すと共に、神に受け入れられる事柄を示しているのです。

2022年8月14日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞    ローマ5:2
頌  栄    26 
讃 美 歌   神さまのみくに
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷     司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌  465
聖書朗読  イザヤ書25:1-10(P1082)
メッセージ  小菅 剛師
「死を永遠に呑み込まれる神」

 

説 教 要 旨   
 「見よ、この方こそ私たちの神」(:9)とあります。聖書で示された神を信じることは幸いです。イエスは「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」(ヨハネ17:3)と言われました。では、今日の聖書に神はどのような方だと言われているでしょうか。
1、弱い者の砦である神:4
神は横暴な国(:3)横暴な民(:5)を裁かれる力ある神です。この神の驚くべき計画を忠実に、誠実に成し遂げられました(:1)。歴史を支配しておられる神です。その力ある神は、弱い者の砦となってくださる神です。砦とは城を守る最前線の要塞、出城です。神は、強い者でなかんなく弱い者を忠実に誠実に守ってくださる神です。
2,死を永遠に呑み込まれる神:8
詩編23編4節五節に死の陰を歩む者に食卓を整えて下さる主が詠われています。

ここにも、死を前にした人に祝宴を催される神が出てきます。(1)顔覆いを破られる神です。モーセは神の山ホレブで律法を聞きましたが、消えゆく栄光の輝きでしたがモーセの顔を輝かせましたので、モーセは顔覆いをしました。律法は死の自覚と神の裁きを告げ、顔を覆います。顔を覆う布は、死人と生きている人を分けます。人は、顔覆いをかけられるために生きています。その布を外し、破られる神が告げられました。
(2)死を永遠に呑み込まれる神です。飲むは口に入れる、呑むは一気に飲む、滅ぼす、の意味です。私たちは死に呑み込まれます。しかし、キリストは復活によって死を呑み込まれました。キリストの復活に「死は勝利に呑み込まれた。・・私たちの主イエス・キリストによって私たちに勝利を与えて下さる神に、感謝しよう」(1コリント15:55,56)。この神を称えよう(:1)。

2022年8月7日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  ローマ5:2
頌  栄  26
讃 美 歌   一度きりの人生(1)
主の祈り  93−5B(P148)
開会祈祷   司会者
讃 美 歌  120(1,6)
聖書朗読  Tヨハネ2:12-17(P430)
メッセージ   ファン・デヨン師
「これもまた過ぎ去ります」

 

説 教 要 旨   
 イエスキリストを信じ、お救いいただいた神様の子供にとって、神様を愛するということはとても難しい課題です。もちろんイエス様を信じる者は神様を愛する心がありますが、 世を愛する心が、雪がとけるように消えないまま心の底にそのまま残っています。それがよく葛藤を起こし戦います。このような矛盾だらけの私たちに向かって使徒ヨハネは「世も世にあるものも、愛してはなりません。」(:15)と言います。クリスチャンが世より神様をもっと愛するべきその理由を言います。
1.私たちのすべての罪が赦されたためです。
 12節に、ヨハネは「あなたがたの罪がイエスの名によって赦された」と語っています。第一ヨハネの手紙 1章9節にも「私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、あらゆる不正から清めてくださいます。」と語ります。

2. 私たちが神様と交流をもつ存在だからです。
 13節に、「あなたがたが初めからおられる方を知っているということを。」とあります。この「知る」という言葉は交流する、交際するという意味です。イエス様のおかげで、神様と再び交わりをもつことができる特権を受けているのです。
3.私たちがサタンに勝ったからです。
 14節に「若者たちよ、あなたがたに書き送ります。あなたがたが強く神の言葉があなたがたの内にとどまり あなたがたが悪い者に勝ったということを。」と語ります。イエス様がサタンに勝ったことを信じるなら、その勝利は私たちの勝利になります。このような驚くべき恵みをいただいた私たちは、神様を愛するしかありません。人生にいくら激しい波がたち、風が吹き荒れても、神様だけを愛し、その方に力を供給される人は動揺しません。このような人は永遠だと信じます。

2022年7月31日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  Tペトロ2:9
頌  栄  26 
讃 美 歌  ウォーキング・ウィズ・ジーザス
主の祈り   93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷   司会者
讃 美 歌  120
聖書朗読  コヘレト12:1-14(P1033)
メッセージ    小菅 剛
「若き日に造り主を心に刻め」

 

説 教 要 旨   
 コヘレトは、集会の指導者の意味で、ルッターは「伝道の書」(口語)と言いました。「ダビデの子、エルサレムの王」(1:1)とあり、ソロモン説が有力です。
1,太陽の下、人生は空である
「空の空、一切は空である。太陽の下」(1:2,3)で始まり、「空の空とコヘレトは言う。一切は空である」(12:8)で終わる書です。「空」という言葉が37回出てきます。王は、人生を探求した結論は「太陽の下では空」であることを知りました。世は同じことの繰り返し(1:3〜)、多く学んでも満足しない(1:12)、快楽を追求し、事業に熱中しても空しい(2:1〜)。太陽の下で労苦し蓄えても、労苦しなかった者に譲り、賢者も愚者も同じく死ぬなど。仏教の「空」とはすべては縁起(人間の及ばない偶然)によってなり、そこには空で実体はないとします。

コヘレトは、「太陽の下では空である」(1:2,3、4:7、8:9,10,9:9)であると見極めたのでした。
2,太陽の上には神がおられる
人生は「空の空、一切は空」なのは太陽の下、神なき世界です。この太陽の下の空から太陽の上に昇華して神を信じ、神を畏れる事こそ、この空の世界からの解放であると言います(3:11,11、7:18、8:12、)。そして、「結論。神を畏れ、その戒めを守れ。これこそ人間のすべてである」(12:13)と教えます。神を信じ恐れる理由下記です。
(1)老いて楽しみがなくなるから12:1〜8
(2)神は善であれ悪であれ裁かれる12:14、11:7〜10
 信仰とは先見であり、決断です12:1。神を信じる人生は「空の空」というニヒリズム(秩序と価値を否定し、生きる意味なしとする)、虚無主義、世に意味や価値はないとする思想から救われます。神は愛です。復活によって生きる希望が与えられます。神を心に刻もう。

2022年7月24日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  Tペテロ2:9
頌  栄  26
讃 美 歌  主を待ち望む者
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷   司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌  132
聖書朗読  フィリピ3:10-16(P357)
メッセージ   小菅 剛師
   「目標を目指して走る」

 

説 教 要 旨   
 キリスト者は、「律法による自分の義ではなく、キリストの真実よる義(救い、罪の赦し、神の子とされ、神との正しい関係)が与えられた人です。キリストの真実(贖い、十字架)による救いを経験した人は、パウロと共に「私の主イエス・キリスト知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失と見なしています」(:8)と告白します。そして、義と認められたキリスト者は、「何とかして死者の中から復活に達したい」(:11)と努力する人だと言います。
1,キリスト者は不完全であり、完全な者です
15節に「完全な者」とあり、ここにキリスト者の完全があります。この完全は、「すでに完全な者になっているわけではない」(:12)とありますから、ここにキリスト者の不完全が言われています。キリスト者の完全とは、同時にキリスト者は不完全な者だとパウロは言います。

2,キリスト者の完全とは
不完全であり完全であるキリスト者とは、「上に召してくださる神の賞(死者の中からの復活)を得るために走る」人です(:14)。これについて「自分の救い(賞を得る)を達成するように努めなさい。あなたがたの内に働いて、・・・行わせておられるのは神です」(2:12,13)とも表現されています。神に義と認められ人の心に神は、これを達成させるために働かれ神です。死者の復活にあずかるため務め、賞を得るために走る人がキリスト者の完全です。そのために次を心がけましょう。
(1)目標はただ一つであることの確認しましょう
(2)後ろのものを忘れるとは、自分では忘れることはできませんが過去のことに振り回されない恵みが与えられています。十字架を仰ぎましょう。
(3)神の賞である神の栄光にあずかることがどんなにすばらしいかを覚えましょう。