2022年5月15日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  ローマ12:1
頌  栄  26
讃 美 歌  豊かな人生の条件
主の祈り  93−5B(P148)
開会祈祷  司会者
証  詞   桂三段兄
讃 美 歌 493
聖書朗読 使徒17:16−31(P243)
メッセージ   小菅 剛師
   「知られざる神に」

 

説 教 要 旨   
 アテネは、学問(:18)と神々(:16)、オリンピック発祥のスポーツ都市です。パウロは「知られざる神に」(23)からまことの神について語りました。
1,神は、悔い改めを命じられる:30
アテネの人々の「知られざる神」は天地創造の神です。その神は、無知な時代を大目に見て来られました。神は遠く離れた神ではなく、私たちの近くにおられる神です。私たちは、神の中で生き、動き、存在しています。その神を探し求めれば見出すことができます。どこにでもおられる神は、砕かれた人の近くにおられる神です(詩編34:19)。人間が造った神々を信じる世界を大目に見て、見過ごして来られました。しかし、今神は、悔い改めを命じておられます。悔い改めとは、天地創造の唯一の神に立ち返ることです。

2,神は裁きの日を決められました:31
神が、裁きの日が決められたので、悔い改めるように命じられています。「先にお選びになった一人の方」とは、イエスです(:18)。神は、独り子イエスをこの世に遣わされました。神は、このイエスに世界の罪を担わせて、正しい神は罪の裁きを十字架で実行されました。十字架は、罪に対する裁きです。イエスは、私たちの身代わりになって、罪の裁きを受けてくださいました。それによって、罪が赦され、神の裁きから解放されました。神の裁きが十字架に表されたように、この世界を裁く日を決められました。悔い改めよう。
3,神の裁きの確証さえ与えられました
神の裁きが確かであることをイエスの復活によって証明されました。神は、イエスを死者の中から復活させ、世界の王、裁判官とされました。それで、今、悔い改めを命じられています。悔い改めて神に立ち帰ろう。

2022年5月8日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  ローマ12:1
頌  栄  26 
讃 美 歌  まもなくかなたの
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷   司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌   236
聖書朗読   ローマ13:11-14(P287)
メッセージ  小菅 剛
「夜は更け、昼は近づいた」

 

説 教 要 旨   
 今日は母の日、アウグスチヌスの母、祈りの人モニカを思い出します。母の祈りに中で、聖書を手にしたアウグスチヌスは、「主イエス・キリストを着なさい」のみ言葉で回心して、説教者、神学者、哲学者が生まれました。
パウロは、これまで救いの教理を記して、この教えに沿った歩みが熱心であるように記します。
1,眠りから覚める時が来た
神は、目覚めよと言われます。「救いが・・・より近づいているからです」。この救いは「わたしたちも、子にしていただくこと、つまり、体の贖われること」(8:23)です。即ち、神は、魂ではなく体を贖ってくださる救いの完成です。栄化の恵みです。これは、キリストの再臨の時です(フィリピ3:20〜21、1テサロニケ4:16〜17)。夜は更け、昼が近づくとは、万物の終わりと主の再臨が近いのです。

目覚めよとは、神があなたの救いの完成のために行動を起こされる時が近づいたのだから、あなたも行動を起こすように勧められています。
2,主イエス・キリストを着なさい
再臨への備えは何でしょうか。エリコの沿道で物乞いをしていたバルテマイが主に呼ばれました時、彼は喜んで上着を脱ぎ捨ててイエスのもとに行きました。私たちも、栄光の主、再臨の主にお会いするために、脱ぎ捨て、着なければなりません。
(1)まず、捨てることです。闇の行い、馬鹿騒ぎや泥酔、淫乱や放蕩、争いや妬みを脱ぎ捨てましょう。着慣れた古着である肉欲を脱ぐのです。
(2)キリストを着るとは、洗礼を受けた時にキリストを着(ガラテヤ3:27)、「神にかたどって造られた新しい人を着」(エフェソ4:24)るのです。誰の目にも着物は見えます。あなたが、キリスト者であることが誰にでもわかるような生き方をしなさいとパウロは言う。

2022年5月1日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞   ローマ12:1
頌  栄   26
讃 美 歌   主の教えを喜びとし
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷   司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌  61
聖書朗読  申命記6:1−15(P275)
メッセージ   小菅 剛師
「真の幸福への道」

 

説 教 要 旨   
 モーセ五書(創世記から申命記までの五書)の五番目は申命記です。ヘブル語聖書のタイトルは「これは言葉である(エーレ・ハッデバーリーム」」(1:1)、日本語の申命記は漢訳聖書からとられ、律法が再び命じられる意味です。40年前シナイ山で神は律法を語られ、モーセはヨルダンの東岸モアブの地で、律法を解き明かしましたのが申命記です(1:5)。
1,真の幸福への道:1〜3
荒れ野で40年、不信仰の旅が終わり約束の地カナンの地に入り、戒め、掟、法(十戒を中心とした神の命令・神の言葉)を守り行うことが、幸せの道です。民は荒れ野時代に神の言葉を守り行う事はできませんでした。ホレブの山で恐れながら律法を聞き守りますと言いました人々は、守ることはできませんでした。それで、神はこの民をヨルダン川をモーセではなくヨシュア(イエスの意)によってヨルダン川を渡らせられます。

これは、キリストと共に死んで、キリストと共に復活し、聖霊にあずかる模型です。この恵みが律法を心に刻まれます。
2,神を愛し、神を第一とした生き方:4〜5
ヨルダン越えした民は、天地創造の神、罪の奴隷から解放してくださった神は唯一であると告白します。そして、この神を力を尽くして愛し、十戒を守ります。
3,み言葉を守り行う生き方:6〜9
子供の幸せを祈る親は、子どもに聖書を教えます。教会学校に送ります。聖書の読み方を子どもに教えます。その子らしくではなく、神の前にその子らしく生きることをしつけます。これは、神を知っている親です。
御言葉を行う道は、身近にみ言葉を置き、み言葉に目を向けることです「完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れずにいる人は・・・行う人になります」(ヤコブ1:25)。幸せの道であるみ言葉を守ろう。

2022年4月24日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞   イザヤ書43−1
頌  栄   26
讃 美 歌   イースターの朝には
主の祈り   93−5B(P148)
開会祈祷    司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌   325
聖書朗読   ヨハネ5:31-40(P169-170)
メッセージ  小菅 剛師
  「永遠の命を得るために」

 

説 教 要 旨   
1,永遠の命はある
イエスは永遠の命があると言われました。ユダヤ人は「永遠の命を」求めた人々です。聖書は、永遠の命と永遠の滅びを告げます。永遠の命は、神が与えて下さる命としてヨハネ福音書のテーマです。ユダヤ人は、モーセの律法を守ることによって永遠の命が得られると考えて聖書を読みました。金持ちの青年がイエスのところに来て「先生、永遠の命を得るためには、どんな善いことをすればよいのでしょうか」と尋ねました。イエスはモーセの律法を守っていると思っていた青年に「持ち物を売り、貧しい人々に与えて、わたしに従ってきなさい」と言われました。青年は、悩みつつも、イエスのもとを去っていきまた(マタイ19:16〜22)。この青年は、行いによって永遠の命が得られると思っていました。世界の人も永遠の命を求めています。

2,永遠の命は行いではなく信仰による
「それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:15,16)
「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです」(ヨハネ17:3)、3:16、6:40、20:31など。
「イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。」ヨハネ11:25
3,聖書の中心課題はイエス・キリスト
ここにイエスについて四つの証しがあります。バプテスマのヨハネの証し、父の証し、イエス御自身の証し、聖書の証しです。聖書にはイエスの苦難と栄光、イエスの誕生から十字架、復活までが旧約聖書に預言され、新約聖書はイエスが書かれています。聖書を読もう。

2022年4月17日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞   イザヤ43−1
頌  栄    26
讃 美 歌   328
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷  司会者
聖 歌 隊
讃 美 歌  326
聖書朗読  マタイ28:1−10(P58)
メッセージ    小菅  剛師
「あの方は、復活なさった」

 

説 教 要 旨   
 今日は、イエスが復活された記念の日、イースターです。この日、鐘の音は四方に高らかに響き渡りました。
1、あなたは、イースターに招かれています
イエスは十字架から降ろされ、ヨセフの新しい墓に納められ、入り口は大きな石でふさがれました(27:60)。週の初めの朝、天使はその墓石を転がし墓は口を開きました。イエスが甦って墓から出るためではありません。イエスは栄光の体に甦られ、イエスの体を包んだ亜麻布は包んだままにあり、墓石が動く前に甦られ、墓からでられました(ヨハネ20:7)。天使は墓石の上に座り女たちを待ちます。天使は、女たちが墓に入るために石を転ばし、女たちに復活を告げるためでした。ここに、あなたはイースターに招かれています。
2,イエスの復活が与える恵みがあります
(1)罪の赦しの保証です。

十字架で私たちの罪の償いのために命を捨てられました。神は、イエスの体が十字架にいけにえとしてささげられたことを受け取られました。そのことをイエスの復活で証明されました。「私たちが義(罪の赦し)とされるために復活させられた」(ローマ4:25)。安息日ではなく、安息日が終わった日とは、律法の行いによる救いではなく、イエスを信じる信仰による救いです。
(2)新しい命に生きます(ローマ6:4)。新生です。
(3)私たちも復活します(ヨハネ11:25)。復活は、番兵に見るイエスの敵は滅び、イエスを信じる人は永遠の命が与えられ、天の御国に入ります。
3,この復活の主に出会う道な何でしょう
(1)主を求める人にイエスは復活を示されます
(2)復活を告げる人に:8,9。:18〜20。奉仕の中で
(3)従順な人に:16〜17。イエスは先にガリラヤに行くと告げられ(26:32)従った弟子は会いました。

2022年4月10日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  イザヤ43−1
頌  栄  26 
讃 美 歌  主の手足になろう
主の祈り   93−5B(P148)
使徒信条  93−4B(P146)
開会祈祷  司 会 者
聖 歌 隊
讃 美 歌  303
聖書朗読  マタイ21:1−11(P39)
メッセージ  小菅  剛
「主がお入り用なのです」

 

説 教 要 旨   
 レントの最後の週を受難週と呼ぶ。エルサレム入京に人々は木の枝(ヨハネは「なつめやしの枝」12:13)を道に敷いた。なつめやしをこれまで棕櫚と訳されたことから棕櫚の主日(パームサンデー)と呼ばれて来た。この週の金曜日にイエスは十字架につけられ殺される。ロバの子に乗ってエルサレムに入られたメシアを見よう。
1,預言の成就であった:4
 ゼカリヤは400年前この日の事を預言した(ゼカリヤ9:9)。ゼカリヤは、あなたの王が来て諸国民を裁き、諸国民に平和を告げられる預言をした。イエスが王としてエルサレム入り、あなたに平和が与えられる。神あなたに立てた平和の計画は実現する(エレミヤ29:11)。
2,軽蔑され、侮られるメシア:5〜8
 当時も王は軍馬、それも名馬に乗るのが常であった。名君と言われたウジア王は高慢になって神に打たれた(歴代誌下26:16)。

 イエスは、まことの王であるのにへりくだってろばの子に乗られた。「荷を負うろばの子」とあり、荷物同然にまでなられた。イエスは、祭司長とローマ兵から二重の屈辱を受けられ(26:67、27:30)。そして、当時の最も恥ずかしい十字架につけられた。「へりくだって、ろばに乗り」は、「キリストは・・へりくだって死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順であった」(フィリピ2:8)。あなたを愛し、あなたを罪から救うために、そこまで蔑まれ、苦しみを受けられた。
3,主がお入り用なのです:3
 主が必要とされたものは馬ではなく、ろばの子であった。神は、人の救いを成し遂げるためにろばの子を求めておられる。このイエスと共に辱めの道を歩み、自分を捨て、十字架を負ってイエスの辱めの道を歩む者を求めておられる。「私がここにいます」と立ち上がろう。

2022年4月3日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  イザヤ43−1
頌  栄  26
讃 美 歌  明日を守られるイエス様
主の祈り  93−5B(P148)
使徒信条 93−4B(P146)
開会祈祷   司 会 者
聖 歌 隊
讃 美 歌  294
聖書朗読  マタイ20:17−28(P37)
メッセージ   小菅 剛師
  「 身代金 」

 

説 教 要 旨   
 イエスは、ご自分の十字架の死を身代金だと言われました。身代金は、人質、誘拐を思い出します。身代金は、当時奴隷を解放する代金を指しました。私たちは、「罪の下に売られています」(ローマ7:14)。罪と死の奴隷でした。それから解放するために、イエスは自分の命を身代金として差し出してくださいました。解放されるために十分有効な代価でした。神は、これによって私たちを罪から解放してくださったのです。
1,イエスは、仕える僕となられました。
 ゼベダイの息子たち、ヤコブとヨハネの母は御国の最上位を求めました。イエスは、御国で上に立つことを求めることを否定されませんでした。そのために僕になりなさいと言われました。そして、イエスは、仕える僕となられました。ナザレで両親に仕えられました(ルカ2:51)。

イエスは、僕となって弟子たちの足を洗い、僕の模範を残されました(ヨハネ13:4〜16)。僕イエスは謙遜(フィリピ2:8)、柔和(マタイ11:29)、従順・服従(フィリピ2:8、ヘブライ5:8)でした。私たちも「私どもは役に立たない僕です。すべきことをしたにすぎません」(ルカ17:10)と言いましょう。「へりくだりなさい。そうすれば、しかるべき時に神はあなたがたを高くしてくださいます」(1ペテロ5:6)
2,僕の究極として自分の命を身代金として
「罪の支払う報酬は死です。」(ローマ6:23)。「神に身代金を払うことはできない。魂の贖いの値はあまりに高く、とこしえに払い終えることはない」(詩編49:8,9)。「人はどんな代価を払ってその命を買い戻すことができようか」(マタイ16:26)。「キリスト・イエスによる贖い(身代金)の業を通して、神の恵みにより価なしに義とされるのです」(ローマ3:24)。キリストの血の代価によって私たちは罪から解放された。

2022年3月27日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  イザヤ書53−5b
頌  栄  26
讃 美 歌  栄光イエスにあれ
主の祈り  93−5B(P148)
開会祈祷    司会者
讃 美 歌  297(1)
聖書朗読  マタイ17:1-8(P32)
メッセージ   小菅  剛師
  「メシアの苦難と栄光」

 

説 教 要 旨   
 イエスの変貌の場面です。イエスについて「御子は、見えない神のかたち」(コロサイ1:15)、「御子は神の栄光の輝きであり、神の本質の現れ」(ヘブライ1:3)です。この栄光の姿は「世が造られる前に、私が持っていた栄光」(ヨハネ?:5)で、「イエス・キリストの御顔にある神の栄光」(2コリント4:6)でした。ですから、イエスは「私を見た者は、父を見たのだ」(ヨハネ14:9)と言われました。弟子たちに栄光の姿を現された目的です。
1、信仰を励ますためです
「六日の後」(:1)とあります。この六日間は、イエスと弟子との間に溝が生まれた六日間でした。弟子たちはメシアがエルサレムで殺されることはとても理解できませんでした。この溝を埋め、イエスがメシアであることを教えるために、御自身の栄光の姿を見せて、自分がメシアであることを証明されました。

イエスは、揺らぐ弟子たちの信仰を強められました。イエスは、私たちの信仰が弱る時に強めてくださいます。
2,再臨信仰を強められます
「人の子は、父の栄光に輝いて天使たちと共に来る」(16:27)と弟子たちに約束されました。再臨は確かで待ち望むように栄光の姿を見せられました。ペテロはキリストの力ある来臨が確かであることを、この時のイエスの栄光を目撃したことによって証明しました(2ペテロ1:16〜18)。主の再臨を待ち望みましょう。
3,イエスは苦難に向かう力を必要とされました
 イエスはエルサレムの苦難に向かって進まれます。「自分の前にある喜び(栄光)のゆえに恥をもいとわないで」(ヘブライ12:2)で進むことができました。公生涯に入られる時「これは私の愛する子」(マタイ3:17)と父から愛の励ましを受けられ、ここでも同じく(:6)父から励まされます。この主に従って行きましょう。

2022年3月20日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞 イザヤ53−5b
頌  栄 26 
讃 美 歌 十字架わが力(1,7)
主の祈り 93−5B(P148)
開会祈祷 司 会 者
証  詞    熊谷多美子姉
讃 美 歌 493(1)
聖書朗読 Tコリント1:18(P295)
メッセージ 小菅  剛
「十字架の言葉」

 

説 教 要 旨   
 教会のシンボルは、十字架です。教会は十字架を世に語り続けているということです。伝道者パウロは「十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていた」(1コリント2:2)、「キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません」(ガラテヤ6:14)と言いました。では、それほどの十字架は何を私たちに語っているのでしょうか。
1、神の愛を語っています。
 愛は犠牲の大きさによって計られます。神はあなたを愛しされました。その愛の大きさは、イエスが十字架で命を捨ててくださったことにより明らかににされました。イエスは命を捨ててあなたを愛されました。
2,あなたの罪の贖い(償い)です。
「人は皆、罪を犯して神の栄光(神の祝福、神に喜ばれる)を受けられなくなっています」(ローマ3:23)。

罪は(1)不法。1ヨハネ3:4。盗み、偽り、姦淫、殺人など
(2)不義(不正)。1ヨハネ5:17。心の高慢、憎しみ
(3)不善。ヤコブ4:17。なすべき善を知り行わない。
(4)不信。ヨハネ16:9。イエスに無関心と信じない
「罪の支払う報酬は死です」(ローマ6:23)。キリストは「自ら、私たちの罪を十字架の上で、その身に負ってくださいました」(1ペテロ2:24)。神はあなたの罪をキリストに負わせ、キリストは身代わりに命を捨てられました。「私たちはこの御子において、その血による贖い、即ち罪の赦しを得ているのです」(エフェソ1:7)。
3,信じる人は救われます。
 イエスの十字架の右と左に犯罪人が十字架につけられました。一方は悔い改めてイエスを信じて楽園(パラダイス、神の国)に入り、信じなかった犯罪人は永遠の滅びに至りました。あなたは滅びるものですか。

 

 

2022年3月13日 礼拝説教要旨

前  奏
招  詞  イザヤ41:10
頌  栄  26
讃 美 歌  都の外の(1)
主の祈り  93−5B(P148)
開会祈祷  司 会 者
日本宣教の証  ファン・デヨン師
讃 美 歌 280(1)
聖書朗読 マタイ16:13−21(P31)
メッセージ   小菅 剛
  「予め受難を告げるキリスト」

 

説 教 要 旨   

 

 イエスの公生涯は3年数カ月でした。おおよそガリラヤ伝道に二年半、ユダヤ伝道に6ヵ月費やされました。ガリラヤ伝道を終えて、ユダヤ伝道に入られる分岐点になるのが今日のテキストです。エルサレムに向かわれる決起集会が17:1、エルサレムへの途中が20:17です。
1、イエスの喜び
(1)「人々は」:13と「あなたがたは」:15から、イエスは人々がイエスについてどのように見ていても、あなたがイエスをどのように判断するかを望まれます。
(2)ペテロは「あなたはメシア、生ける神の子」:16と判断し、告白しました。これは、主が2年半教えて来られたことでしたから、イエスはとても喜ばれました。
(3)イエス自らも自分がメシアであることを告げておられます(:20)。あなたはイエスを誰と思いますか?

2,イエスが建てられるもの
(1)イエスは、この告白の上に教会を建てられます。
(2)教会は、この世の力と死の力に勝利します。
(3)教会は、天の国の鍵が与えられています。
 イエスが建てた教会は多くの迫害と戦いの中で勝利してきました。コロナの中でも神は教会を守られます。
3,キリストの受難の予告をされました
(1)弟子がイエスをキリストと信仰告白をした時、キリストはエルサレムの受難を予告さされました。
(2)この予告は、イエスの苦難の半年前のことです。聖書には、メシアの受難が予告され、イエスも自分が受ける苦難を明確に予告しておられます。
(3)死に勝利される復活も語られました。
 ですから、イエスは十字架の死を覚悟して、復活を見て行かれましたので、泣き言を言って死なれたのではありません。罪の身代わりとなる大切な言葉でした。