礼 拝 説 教 要 旨   2015. 4. 5
「ナザレのイエスは甦って」
マルコによる福音書   16章1〜13節
小 菅  剛  牧師
  安息日(土曜日)が終わり(:1)、週の初めの日(:2)である日曜日にイースターは起きた。マルコは、簡潔明瞭に「十字架につけられたナザレのイエスは、・・・復活なさって」(:6)と。このイエスの復活の記事を書くに当たり「石」を三回用いている。マルコ自身の心に「大きな石」があったのであろう。彼の理性には、イエスの復活は大きな躓きであった。理性の限界であった。しかし、若者がイエスの復活を告げ「御覧なさい。お納めした場所です」(:6)と事実を突き付けられた。理性は自分の考えや自分の経験より強いことをマルコは知っていた。
  1、イエスの復活を信じることから始めよう
 白い服の若者は、女たちの来るのを座って待っていた。イエスの復活を知って欲しかった。8節を見るとイエスの復活に婦人たちも混乱したほどの事実であった。イエスが復活しなかったら教会は今日まで存続しない。偽りに立つ宗教は消えていくから。どんなに一時驚いても、婦人たちは後で冷静になって復活を信じるのである。まず信じるところから始めよう。
  2、次に復活のイエスに出会おう
 復活を信じることからスタートして、復活のイエスに出会おう。ここに「お目にかかれる」(:7)とある。どのようにしたら復活のイエスにお会いできるのか。
(1)聖書に従えばお目にかかる(:7)。天使の言葉に従った弟子たちはガリラヤで復活の主に出会えた。
(2)求めれば会える(:9)マグダラのマリヤはイエスに会いたくて泣いていた時に主は現れた。復活の主を求めて御覧なさい。必ずあなたに現れてくださる。
(3)クリスチャンの集りに来れば会える(:12)。この二人はキリストの弟子であった。その二人が集まるところにイエスはおられる(マタイ18:20)。