礼 拝 説 教 要 旨   2015. 4.19
「救いの原点」
ローマの信徒への手紙   4章17節〜5章5節
小 菅  香 世 子 師
  1、信仰の父アブラハム
 神はアブラハムとその子孫に世界を受け継がせる約束をなさいました。その相続は信仰による義に基づいてなされます。「死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神」を信じ、このお方に従って行こうとしたのです。ですから、自分が100歳、妻が90歳で到底子孫を望めないときにもなお神を信じたのです。不信仰に陥り、神の約束を疑うこともしませんでした。状況が悪ければ悪いほど信じました。神は約束なさったことを実現なさると確信していたのです。
 神に信頼し、信じ従って行こう。良くても悪くても信じ切るこの信仰を神は彼の義と認められました。信仰によって義とされるということは、私たちの側から言うと魂の救いを得たということでもあるのです。
  2、わたしたちが義とされるために
 アブラハムの歩みは模範となりました。自分の努力で良い人生を送ろうとしてもその道を全うできず、神と人の怒りを招いたり、うまく行かなかったりするのです。すべて努力にかかっている生き方に対して、み言葉は神の恩恵と力に寄り頼む生き方を示します。これが信仰による義なのです。アブラハムに示されたことが、今生きている私たちにも「あなたはどうなのか」と示されています。キリストは私たちの罪のために死に、私たちが義とされるために復活させられました。主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、私たちも義と認められるのです。これは神との正しい関係に入ることです。魂の救いは信仰によって実現されるのです。
  3、神の愛が注がれる
 信仰によって義とされて何を得るのでしょう。神との平和です。自分の魂に何のやましいことがない神からの平和です。神の愛が注がれているなら人生における苦難、忍耐、練達、希望というプロセスにおいて、希望が失望に終わることはありません。