礼 拝 説 教 要 旨   2015. 6.14
「聖霊に満たされていなさい」
エフェソの信徒への手紙   5章15〜20節
小 菅  剛  牧師
 聖書は「聖霊に満たされていなさい」(:18)とあります。あなたは聖霊に満たされた生活をしていますか。この言葉に従っていますか。
 オズワルド・スミスは「聖霊の満たし」の中で、なぜ私たちが聖霊に満たされなければならないかの二つの理由を挙げています。第一に、神と人を愛する聖い心を持つために、第二はキリストを語り、証をする宣教の力を受けるために聖霊の満たしは必要であると。
第一に聖霊の満たしは命令です。
 ノンクリスチャンには、キリストを信じ受け入れいなさいと勧められ、クリスチャンには聖霊に満たされなさいと命じられています。聖霊に満たされていなくてもよいのではありません。聖霊は信じた時に与えられます(1:13)。聖霊は御国を受け継ぐ保証です(1:14)。聖霊によって神の啓示を悟ります(3:5)。聖霊は、意志を強めます(3:16)。聖霊は教会の一致を保ちます(4:3)。聖霊は兄弟愛に導きます(4:25〜32)。聖霊は祈りを強くします(6:18)。信じた時に聖霊を受け、明け渡したときに聖霊に満たされます。明け渡しは、全き神信頼です。
第二に聖霊の満たしは現在でなければなりません。
 過去の経験に安住してはなりません。今あなたはどうですか。未来いつかでもありません。今です。そして継続です。「時をよく用いる」(:16)の「用いる」とは時を確保するために代価を払う言葉です。神の前に明け渡しと静まりが現在の満たしの継続となります。
第三に聖霊の満たしは具体的な聖い道に歩ませます。
 酒に酔うことと聖霊に満たされることの同じこと、違うこと。聖霊の満たしは理性を失なわせません。▲:19〜20.賛美ぱ牢獄のパウロに。讃美歌作詞家ルイス・ハートソウ「来たれ、汝を」(新聖歌374)。▲夫婦に(:21〜33)。▲親子に(6:1〜4)。▲職場の仲間に(6:5〜9)。