礼 拝 説 教 要 旨   2015. 7.26
「来て、見なさい」
ヨハネによる福音書   1章43〜51節
小 菅  剛  牧師
 この個所は、使徒時代の教会を見る思いである。イエスはフィリポを弟子に、フィリポはナタナエルを弟子にしている。弟子化は羊ヶ丘教会21世紀5原則に上げられ、自ら弟子になり、弟子を造るのである。41回札幌聖会の「神の優先順位」はまさにここを語られた。
  1、イエスの弟子化:43,44
 イエスはフィリポに出会って「わたしに従いなさい」と招かれ、フィリポはイエスに従い使徒とされた(マタイ10:3)。フィリポは計算高い人である(ヨハネ6:5〜7)がイエスに最高の価値を見出した。あまりに素直に従うフィリポに驚くが、イエスに出会うとはこうである。北一ガラスに出会った兄弟がすべてを捨てて小樽へ。バックストンに出会った竹田俊三はすべてを捨ててバックストンに従い島根県松江に。イエスに出会ったパウロは「わたしの主イエス・キリストを知ることのあまりのすばらしさ」(フィリピ3:8)と言い、すべてを塵あくたと言ってキリストに従った。このフィリポも同じである。
  2、フィリポの弟子化:45〜46
 イエスが弟子に「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(マタイ28:19)と言われた。このフィリポはナタナエルを弟子にする。
(1)ナタナエルを自分の弟子ではなくイエスの弟子に
(2)イエスがメシアであると確信があった
(3)議論をしないでイエスの所に連れて行った。「来て見なさい」の具体的なことは、聖書に、教会に連れて行くことである。イエスの名によって2〜3人集まるところにイエスはおられる(マタイ18:20)
  3、弟子はイエスについて学び続ける:47〜51
 イエスは、ナタナエルを知っておられる(:47)、ナタナエルはイエスを「神の子」と告白する(49)。イエスは、弟子にイエスの本質を教え、見せてくださる(:51)