礼 拝 説 教 要 旨   2015.11. 1
「アンティオキア伝道」
使徒言行録  11章19〜30節
小 菅  剛  牧師
 シリアのアンティオキアの町に福音が伝えられて教会が誕生する。アンティオキアは当時ローマ、アフリカのアレキサンドリアに次ぐ世界第三の都市である。地中海から24キロ陸地に入りオロンテス川の河口に建設されたシリアの首都で美しい都であり国際都市であった。歓楽街がにぎわい、ゲームセンターが栄え、賭博と狂気じみた競技に明け暮れていた。ダフネ神礼拝が行われ、巫女は売春婦であった。当時「ダフネの倫理」といえば「コリント風」と同じ意味で、快楽的、不道徳でだらしのない生き方をする意味で世界に知られていた。当時の人口100万人を抱える大都市である。この町に生まれた教会が世界宣教を担う教会となる(使徒13:1〜4)。
  1、名もない信徒の人々によって伝道された
 サマリヤは信徒フィリポにより伝道されたが、アンテオケ伝道は、出身地はわかるが、名前が記されていない信徒の人々の伝道によって教会が建てられた。これまでしなかったことを始める(20)。古いものに縛られず、新しい事を積極的に始めた。「彼らこそキリスト教の名もなき先駆者として歴史に記録されている」(バークレー)。彼らは命の書に名前が記されている事だけを喜ぶ人々である。第三の都市に世界宣教の教会が建つのに名もなき信徒伝道によることは特筆すべきである。主はイエスの福音を語る彼らを助けられたとある(21)。
  2、新しい協力者が掘り起こされた
 エルサレムから遣わされたバルナバは、アンティオキアから220キロも離れたタルソスへ行き10年埋もれていたパウロを連れ戻す。神は働きを進めるために、埋もれている人引き出して用いられる。
  3、クリスチャンと呼ばれた発祥の地である。
 クリスチャンと自称したのではなく、人々からクリスチャン(キリスト気狂い、キリストの連中)と言われた。