礼 拝 説 教 要 旨   2015.11.22
「水をくんだ召し使いは知っていた」
ヨハネ福音書   2章1〜11節
福 永  有 牧師
  (導入)パプアニューギニア(PNG)の聖書翻訳。人を分け隔てることのない主の愛によって進められている。(1)コンドラ宣教師夫妻「パトゥパタル語新約聖書」完成。献書式にて。「これは自分一人だけでなく多くの者たちの多くの働きを通してなさった主のみわざ」。
 (2)チームワークとしての聖書翻訳宣教。聖書翻訳を支える数々のサポートの働き。20〜30年の働きの数えきれない出来事の中で、主が様々な人々を通して多くの御業を現わされた。決して自分だけがこの働きの「一人だけの英雄」ではないことをみんな知っている。水をくんだ召し使いたちは知っていた。(2:9)主イエスがそれをぶどう酒に変えられたことを。
 (3)PNGのコンピューター技師たち。喜びと誇りをもって奉仕する。悲壮感や自己憐憫はない。毎日の仕事が朽ちることのない永遠の神のみ言葉の働きに繋がっていることを知っているから。
 (4)クリニックの韓国人の歯医者さん。レビ記27章1〜8節「終身誓願に相当する代価を、満額のささげ物として主にささげる」場合。3節と7節「20歳から60歳までの男子は銀50シェケル。60歳以上の男子は銀15シェケル」とある。「自分はもう若い人たちと比べればたったの50分の15だけの評価額しかないが、しかし自分のできることで何か主のお役に立ちたいと思いここに来た。」
(結び)主はご自身のご栄光を現すために、召し使いたちの「水がめに水を満たす」という従順を用いられた。主はそのような方法を敢えて選ばれ、私たちと喜びを共にしたい、そのようなお方。私たちには福音宣教という「栄光」のみ業に参加させていただける恵みの特権が与えられている。主は信じる私たちにそれぞれの場で様々な働きを期待しておられる。