礼 拝 説 教 要 旨   2015.12. 6
「キリストを心に住まわせ」
ルカによる福音書 1章26〜39節  エフェソの信徒への手紙 3章14〜17
小 菅  剛  牧師
 パウロの切なる祈り(ひざまずいて祈る:14)は、エフェソのキリスト者が信仰によって心にキリストを住まわせる事でした。内なる人(神に従う心)が強められることと愛に満たされた生活は、キリストの内住によって可能となるのです。内住のキリストは、父の豊かな栄光に従って私たちに与えられます。
 内住のキリストを、マリヤに宿るイエスから学びましょう。ヨセフのいいなずけであるおとめマリヤに天使ガブリエルが訪れて、マリヤはみごもって男の子を宿すと告げます。マリヤは、内住のキリストを経験します。
(1)、内住のキリストは、神の一方的な恵みです。(:26〜33)
 マリヤは教会の代表です。すべての人に与えられる予表です。あなたに与えられる恵みなのです。
(2)神の全能の力によって御子が宿ります(:34〜37)
 マリヤに全能の父が聖霊を下して御子を宿します。これは、三位一体の神の栄光に従って、マリヤに与えられます。マリヤは、10か月イエスを宿しますが、わたしたちに与えられる内住のキリスト(聖霊)は、いつまでも宿り、消えることがありません。
(3)マリヤの信仰によって与えられます(:38)
 マリヤは神の言葉と神の全能を信じます。理解ではなく信仰です。マリヤは自分をはしためと言っています。はしためは、端女と書きます。召使とか女中を意味し、主人の命じられるままに行い、自分や自己を主張しません。ここに、自分を神に明け渡した信仰です。
「もはや生きているのは、わたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)が夫なら、「信仰によって心の内にキリストを住まわせ」(:17)は妻でしょう。李統輝もシンプソンも聖徒すべてもこの恵みの体験者で生きるのです。