礼 拝 説 教 要 旨   2015.12.13
「クリスマスの幸い」
ルカによる福音書  1章39〜56節  
小 菅  剛  牧師
 1、主の言葉を信じる人は幸いです
 ルカはキリストの誕生を残しました。ルカはその結果、後世の人が誤ってしまうことを危惧して、マリヤがエリサべトを訪問した出来事を記しました。では、ルカは何を心配したのでしょうか。それは、マリヤが異常に高められ、崇拝されてしまうのではないかと案じたのです。受胎告知から、主の母として御子を生みます。選ばれたマリアは幸いですが、もっと幸いなのは「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」(45)とエリサベトが言った言葉をルカは伝えたかったのです。マリヤを含めて、あの羊飼いたち、今のわたしたちなど主の言葉を信じる人が幸いなのです。
 ルカだけが記録した次の話しがあります。「イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。『なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。』しかし、イエスは言われた。『むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。』(ルカ11:27,28)。これからもわかりますように、イエスを宿し育てたことよりも神の言葉を聞いて信じて従う人が幸いだと言われました。
 2、主を崇める人は幸いです
 マリヤは、主を賛美しています。マリヤの賛歌として有名です。これは、マリヤの神との出会い、経験から生まれた賛美です。しかし、ここも賛美するマリヤを取り上げるのではなく、マリヤが賛美する「主」を取り上げるのです。マリヤは、人々が自分を幸いな女と言いますが、そのように高く持ち上げてくださった神をたたえるのです。その主は、憐みをお忘れになりません(50,54)と言います。この神をたたえるのです。旧讃美歌でとても親しまれた510番「幻の影を追いて、・・母は涙乾くまなく」は、神より母が出て讃美歌21から消えました。