礼 拝 説 教 要 旨   2015.12.20
「飼い葉桶の中のメシア」
ルカによる福音書  2章1〜14節
小 菅  剛  牧師
  1,卑しめられる神の民
 イスラエルの人々は卑しめられる道を通されてきました。エジプトで奴隷にされ、再びバビロンで捕囚にされます。その時の辱めを「バビロンの流れのほとりに座り、シオンを思って、わたしたちは泣いた。 竪琴は、ほとりの柳の木々に掛けた。わたしたちを捕囚にした民が、歌をうたえと言うから、わたしたちを嘲る民が、楽しもうとして、『歌って聞かせよ、シオンの歌を』と言うから。 どうして歌うことができようか、主のための歌を、異教の地で。」(詩編137:1〜4)と悲しみを歌っています。旧約のヨセフもエジプトへ奴隷として売られ、ダビデはサウル王から憎まれ追われます。「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました」(詩編119:71)と言った信仰者は卑しめられて神と神の言葉を味わった中から出て来ました。裕福な布商人息子であったアッシジのフランチェスコは、イエスに出会ってあえて物乞いに出ます。家の人から追い出され、汚い言葉を投げられ、かびたパンを投げつけられます。卑しめられて、信仰が強くされ、深まったのです。
  2,卑しめられる神の子メシアの誕生
 しかし、もっと辱められた人がいます。世界で唯一の辱めを受けた人です。しかし、人ではありません。世に高貴な人が物乞いをすることは惨めです。ところが、神の子メシア(マタイ16:16)が物乞い以下の人生を始めるのです。この落差は人類無比です。人の中で、客間にいる余地がなく、飼い葉桶に寝かせられて育った奴隷や旅先出産の赤子はいたかもしれません。しかし、世界で、宇宙でこの上がない高貴な神の子が飼い葉桶に寝るのです。世はクリスマスで清らかな一時を楽しんでいましょう。聖書は、そんなクリスマスをはねのけるのです。このメシア赤子は十字架で人々の前で卑しめられるのです。これがすべての人を救うメシアの道だったのです。