礼 拝 説 教 要 旨   2016. 1.24
「命の冠」
ヨハネの黙示録  2章8〜11節
小 菅  剛  牧師
  スミルナ(アジアの目、首都の意)は、エフェソの北56キロにある港町。エフェソと競うほどでエフェソの次にこの手紙が寄せられる。7つの教会のある町の中でスミルナだけが現在「イズミール」として軍港、貿易、特に皮製品は世界的に有名で繁栄している。パウロがエフェソに滞在中に教会が設立したのであろう。
 スミルナの教会に命の冠を授けると言われた。命の冠を見た人がいるだろうか。ダビデは、アンモン人の町ラバを攻め、純金に宝石がちりばめられた1キカル(34キロ)の王冠を奪い、自分の王冠とした(サムエル下12:30)。イエスの頭は、茨で編んだ冠が載せられた。スミルナに命の冠が約束された。命でもなく、冠でもなく、命の冠である。ここの手紙の内容から考察しよう。
  1、一度死んだが、また、生きた方(:8)
 聖書に死人の復活が出てくる。エリヤもエリシャも子どもをよみがえらせ、イエスもラザロをよみがえらせた。しかし、彼らは再び死んだ。しかし、イエスは栄光の体(霊の体、1コリント15:42〜44)に復活した唯一の方で初めであり終わりである。イエスを信じる者は、このイエスの栄光の体に甦るのである。イエスは初穂である。
  2、あなたは、本当は豊かである(:9)
 苦難(迫害)の中で貧しくなった。しかし、彼らは信仰、喜び、平安、恵み、神の言葉に豊かにされ、「天に蓄えてある、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ」(1ペテロ1:4)のである。殉教者ポリカルポスがいる。
  3、命の冠(:10)
 冠は、戦いに勝利して手にする冠がここで用いられている。苦難は強い言葉で、死に至るまで忠実であってもそれにふさわしいのが命の冠である。
  4、決して第二の死に損なわれない命。(:11)
 第二の死とは死後の裁きである。命の冠とは永遠の命