礼 拝 説 教 要 旨   2016. 5. 8
「悔い改めなさい」
ヨハネの黙示録  9章13〜21節
小 菅  剛  牧師
  1、神は愛です。
 聖書に、神は愛であり、「主は愛する者を鍛え、子として受け入れる者を皆、鞭打たれる」(ヘブライ12:6)、また、「わたしは愛する者を皆、叱ったり、鍛えたりする。だから、熱心に努めよ。悔い改めよ。」(黙示録3:19)とあります。神は、自然を通して(詩編19:1、ローマ1:20)、歴史を通して(詩編75:7,8、ローマ11:36)、良心を通して(コヘレト3:11、ローマ2:14,15)、そして聖書とイエス・キリストを通して見えない神の存在と力を人々に明確に示しておられます。その神に不義をもって答える者に神の怒りは現されます。(ローマ1:18)。悔い改めないものに、神は試練と苦悩をもって悔い改めに導かれます。
(1)第六のラッパの災い9:13〜21
 第一から第四のラッパの災いは自然の三分の一が損なわれます。悔い改めるようにとの第一のシグナルです。第五のラッパで人間に苦しみを与えて悔い改めることを求められました。第二のシグナルです。それでも悔い改めないので第六のラッパで人類の三分の一が滅ぼされます。三分の三でも、三分の二でもなく、三分の一であるところに、人々が気づいて悔い改めるように促しておられます。悲しいことに、残りの者たちも悔い改めなかったというのです(20,21節)。
(2)旧約の民が罪の刈り取りでバビロンに捕囚になり、せっかくエルサレムに残された民は悔い改めるかと言いますと、悔い改めませんでした(エレミヤ42,43章)
(3)イエスと共に十字架につけられた強盗の一人は悔い改めましたが、一方は最後まで悔い改めませんでした。悔い改めた強盗はパラダイスに、一方は滅びです。
  2、悔い改めることを望まれる神です
 悔い改めるとは、神に立ち返り、神の言葉に従うことを意味しています。