礼 拝 説 教 要 旨   2016. 5.22
「ここに来て飲みなさい」
ヨハネによる福音書  7章37〜39節
平 林 直 己 師
 仮庵の祭りが始まると、ユダヤの人々は自分の家を出て、木の枝や葉っぱで造った仮小屋で一週間過ごします。そして、かつて先祖が奴隷であったエジプトから解放され、苦しみもがきながらも40年荒野を彷徨った、というその時のことを思い出します。
 飢えに悩み、のどの渇きに苦しんだ時も、モーセが岩を杖で打つと、そこから水がほとばしり出て、神は彼らの
渇きを癒しました。
 旧約聖書に登場する預言者エゼキエルは、神の救いが完成する日の幻を見ました(エゼキエル書47章)。
神殿の敷居から水がわき溢れ、やがてその水は川となり、預言者のくるぶし、膝から腰まで、そしてその流れは圧倒されるような大きな川となり、この川に入るものはすべてが生きる。すべての川を生かす水が神殿の敷居の下、十字架のもとから流れ出る、という幻を見ます。
 そして、今、まさにイエスさまのご登場によって、この預言が成就しました。ところがユダヤの人々の目は祭司が行う儀式ばかりに向いており、果たして自分のたましいの神への渇きに気付いているのでしょうか。
 「祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。『渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。』」(ヨハネ7:37)
  大声で言われたイエスさまのおことばに注目します。
1,渇いている人はだれでも……主の大声は、本当に彼らはたましいが渇きに気がついているのか、という喚起
2, わたしのところに来て飲みなさい……いつもわたしのもとに来て、いつも飲んでいなさい(新改訳・脚注)
  今、イエスさまのお招きの声に気付いたならば、イエスさまのところに来て、生ける水を飲ませてこの私を生かしてくださいと祈りましょう。