礼 拝 説 教 要 旨   2016. 7.17
シンプル「神・罪・救い」
ヨハネによる福音書  3章16節
小 菅  剛  牧師
 人は愛して生きるよりも愛されて生きます。赤ちゃんは人生の意味も目的もわからなくても、お母さんの愛によって生きます。愛されたことのある人が、人を愛するのです。聖書は、「神があなたを愛しておられる」ことを伝えています。「君は愛されるために生まれた」とはその通りです。愛を表す言葉に、母の愛(ストルゲー)、男女の愛(エロス)、友の愛(フェリオ)があります。これは、わたしたちの心にあります。しかし、神の愛(アガペー)は人間のどんな立派な人にもありません。神だけが持っておられる愛です。天地創造の神は、人を創造されました。神は、造られた世界と人間を愛されたのです。作品を愛するように、それも徹底的な愛です。
 神はこの世を愛されました。世とは世界と世界に住む人です。人々は、この神を神としません。感謝しません。それどころか、神ではないものを神として、人間が造った偶像を礼拝します。そして、道徳生活は乱れています。欲と争いと憎しみと自己矛盾の中で高慢になりました。謙遜とは創造者の前に生きることです。
 神は正しい方です。罪を憎み、裁かれます。その救いの為にイエスキリストを世に遣わされました。罪の支払う報酬は死です。永遠の滅びです。救いがあれば滅びもあります。「中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」(マルコ7:21〜23)。神の愛は永遠の命を与えます
 この世を愛されたとは、罪の裁きをイエスに負わせて、十字架で命を捨てて、あなたに赦しと救いを与えられました。あなたがキリスト信じるだけでよいのです。神に信頼して従ってみてください。信仰はシンプルです。