礼 拝 説 教 要 旨   2016. 8. 7
「主にある人の死は幸いである」
ヨハネの黙示録  14章6〜20節
小 菅  剛  牧師
  イエスは毒麦のたとえを語られた。畑によい種を蒔いたが敵が毒麦を蒔いた。主人に僕たちが毒麦を抜き集めると言うと、主人はよい麦も抜くかもしれないので刈り入れの時に毒麦を集めて焼くと言われた(マタイ13:24〜30)。この刈り入れの時が来たことがここに記される。
  永遠の福音:6〜12
 第一の天使が永遠の福音を携えて来て「神の裁きの時が来た」と宣言した。福音は全世界に証されたのである。神の裁きを悲しんでならない。また喜んでもならない。「創造した方を礼拝しなさい」とあり、神を礼拝するのである。永遠の福音とは、福音の真理の意味と信じる者に永遠の命、愚かとする者には永遠の死がある意味。第二の天使は、大バビロン(ローマ帝国)の滅亡を告げ、第三の天使は福音を信じないで、獣を拝み、獣の刻印のある者の裁きを告げる。神の怒りの葡萄酒を飲み、火と硫黄で世々限りなく苦しむというのである。
  主にある死人:13
 天からの声は主の結ばれている人の幸を告げる。永遠の福音を信じた人である。信仰と忍耐をもって信仰を貫いた人たちである(13:10,14:12)。「獣とその像を拝む者たちは・・・昼も夜も安らぐことはない」(:12)に対して、信仰の戦いから「解かれて、安らぎを得る」(:13)。イエスが十字架の戦いを終えて、安息に入られた。この安息は復活、昇天、父のもとにあることを含んでいた。「”霊”も言う」とあり聖霊も告げる。聖霊は現在の私たちの内側にこれを語り、確信を与える(ローマ8:16,17)。
  刈り入れの鎌:14〜20
 二種類の刈り入れがある。人の子の穀物の刈り入れと天使によるブドウの刈り入れである。最初に人の子イエスによるよい麦の刈り入れ、次に天使が 悪いブドウの刈り入れである。主が教会を迎えに来てくださるのである。