礼 拝 説 教 要 旨   2016. 8.21
「救いの恵み」
マタイによる福音書  5章43〜48節
平 林 知 子 師
  51年前、寒い冬の夜、私は母に誘われて初めて旭川ナザレン教会の集会に導かれました。赤々と火が燃えている石炭ストーブの傍で婦人達4,5人が集まる小さな教会でした。牧師先生がバイオリンで賛美のリードをしておられた光景を今でもはっきりと覚えております。皆さんがとても暖かく迎えて下さったので、私はその後も続けて教会に行くようになりました。
 3ヶ月程たった頃の祈祷会で初めて「神様、私をあなたの御旨に適う者にして下さい」と祈りました。その後まもなく「百万人の福音」を読んでいた時に、「悔い改めがハッキリしていなければ、あなたの信仰生活はぼやけたものになります」と書かれてあるのが目にとまり「悔い改め?」と思い、新約聖書を最初から読み始めました。山上の垂訓の所に来た時にイエス様が語られる一つ一つのみ言葉によって「神様の御旨に適う」とはこういう事なのだと分かると同時に、私はみ旨にかなわない罪人なのだと示されました。悩みと悲しみの中で、どうすれば良いか分からず牧師先生にお話したところ「イエス様が十字架であなたの罪の身代わりとなって下さったから、その事を信じる時、全ての罪は赦されて神の子とされるのです」と話して下さいました。
 私は示される罪を悔い改め、先生がとりなしの祈りをして下さった時、赦された確信と喜びが与えられました。そして、その時からイエス様のために私を用いていただきたいと心から思うようになりました。「神様は無に等しい者を選ばれた」とありますが(Tコリント1:28)本当に私はそのような者です。そして、「事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。」(エフェソ2:8)確かにみことばのとおりです。