礼 拝 説 教 要 旨   2016. 9.18
「 教会の希望 携挙 」
マタイ24:36〜44、1テサロ4:15〜18、黙示録14:14〜16
小 菅  剛  牧師
 教会の希望を「携挙」で表す事が出来る。「連れて行かれ」(マタイ24:40,41)の言葉は、「そばに連れて行かれる、傍らに迎えられる」の意味で、キリストの元に引き上げられることである。これを携挙と言う。天にあげられ(昇天)されたイエスは、再び来られる(:30,37、再臨)時に、「選ばれた人たちは四方から呼び集められる(:31)。携挙の時は、人の子が再臨される時である。
  1、一人は携挙、一人は残留(マタイ24:36〜44)
 すべての人が携挙されるのではない。一方は携挙、一方は残留に分けられる。残留組は洪水ではなく、火で滅ぼされる。携挙は、神に選ばれたもの、福音を信じた者、再臨のキリストに目を覚まして備えている人である。
  2、携挙に順序がある(1テサロニケ4:15〜18)
 イエスが言われた「人の子は、雲に乗り、大きなラッパの音を合図にその天使たちを遣わす」(マタイ24:30)がここにも記される。再臨の時である。そのとき、「キリストに結ばれて死んだ人が、まず最初に復活し(引き上げられ)、それから、それから生き残っている者が・・・空中で主に会うために引き上げられる」(4:16、17)。地上に取り残される者もいる。お互いは、この時再会できる。これが、教会の希望であり慰めである。
  3、世の終わりの時に起きる(黙示録14:14〜16)
 イエスは、この時を誰も知らない。ただ備えておきなさいと言われた。ノアの洪水のように突然だからである。黙示録は、世の終わりと神の国の完成が預言されている。7つの封印が解かれ、7つのラッパが吹かれ、ここに地上の穀物(教会)の刈り入れが預言されている。再臨、携挙の時である。残留は、神の怒りの中で滅ぼされる(黙示録14:17〜20)。教会の希望は、イエスの再臨、私たちの携挙されることにある。輝く希望をもって生きよう。