礼 拝 説 教 要 旨   2016.10. 9
「小羊の婚宴」
ヨハネの黙示録  19章1〜10節
小 菅  剛  牧師
  ハレルヤ
 新約聖書でハレルヤはこの章に4回(:1,3,4,6)出て来るのみ。ヘブル語のヒッレール(賛美せよ)とヤー(主)の合成語で主を賛美せよ、の意味である。ハルマゲドンで「世界の王たち」(16:14)「大淫婦」(17章)「大バビロン」(18章)で表された神への反対勢力が裁かれ、滅ぼされたあと、ハレルヤが続くのである。敵が滅ぼされて、小羊の婚宴がここに出て来る。世の結婚は二人の愛の始まりであるが、小羊の婚宴は愛の完結である。
  花婿と花嫁
 聖書にはキリストが花婿、教会が花嫁として表現される。「あなたがたを純潔な処女として一人の夫と婚約させた、つまりキリストに献げた」(2コリント11:3)。「夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のためにご自分を愛されたように、妻を愛しなさい」(エフェソ5:25)、「あなたの土地は『夫を持つもの』と呼ばれる」(イザヤ62:4)など。雅歌は、キリストと教会の愛の交わりを青年とおとめの愛で表現されている。ここに小羊であり花婿であるキリストと花嫁である教会の婚宴が神の国の完成として描かれる。
  小羊の婚宴に招かれたものは幸いである。
 マタイ14章1〜14節に「婚宴」のたとえがある。王子(キリスト)の婚宴である。「すっかり準備が出来ました。さ、婚宴においでください」と招かれたユダヤ人はすべて招きを拒否した。それで異邦人が招かれたが礼服を着ていない人が外の暗闇に放り出された。洗礼は婚約式、小羊の婚宴は結婚式。神は花嫁に「輝く聖い麻の衣を着せられた」(:8)。キリストを信じて生まれかわり、神の言葉に従う人に、神は聖なるキリストを着せて下さる(ガラテヤ3:27、ローマ13:14)。信仰義認である。やがて、天の御国で、顔と顔を合わせてキリストを見る。