礼 拝 説 教 要 旨   2017. 2.12
「神の恵みによる救い」
ローマの信徒への手紙  3章21〜26節
小 菅  剛  牧師
 「難波人(なにわびと) 葦火(あしび)焚く屋の 煤(す)
してあれど おのが妻こそ 常愛(つねめ)づらしき」
(万葉集 詠み人知らず)。難波(大阪)の人は、枯れ葦を燃料にするので、家じゅうススだらけである。そこで働くわたしの妻もススけているが、いつも変わらず愛らしいものだ。夫の愛がそうであるなら、なおさらのこと愛の神は、ススけている人を愛らしく思い、交わりを持ってくださる。これが、今日のテキストの24節です。ここに大切な三つの言葉(1)神の恵み、(2)キリスト・イエスの贖い、(3)義とされる、があります。
  1、神の恵み
 恵みは常にあなたに向けられています。恵みは神の方から働きかけ、あなたを呼び、あなたを召しておられます。「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなって」(:23)います。恵みとは、神の栄光を受ける資格のない罪びとに与えられる神の一方的な行為なのです。
  2、イエス・の贖い
 神の恵みは歴史的に具体的に私たちに表されたのが、キリストの贖いです。キリストの受肉と苦難です。贖いとは、代価を払って取り戻すという意味です。キリストは、十字架で自ら死の代価を払って、罪の償い、代価を払ってくださった。ひとりの命は地球よりも重いとしたら、神の独り子の命は表現できません。罪あるあなたを愛して、死の代価払ってくださったのがキリストです。
  3、義とされる
 神は、キリストの贖いを認めて死人の中からキリストを復活させられました。キリストの償いで、神はあなたを義と認めてくださる。義とは、キリストの義をあなたに与えて、神の子として認め、受け入れてくださることです。ススけたわたしを聖い者と見て神は愛される。