礼 拝 説 教 要 旨   2017. 2.26
「キリスト共に生きる」
ローマの信徒への手紙  6章1〜11節
小 菅  剛  牧師
 「罪の中にとどまるべきか」(:1)という重要な質問が出されています。クリスチャンは罪を犯し続けるのでしょうか?あなたはなんとお答えになりますか。
1、罪を犯し続けることにより、神の恵みを深く経験出来るから罪の生活をしようという人がいました。
2、行いによらず信仰によって罪が許され(義とされる)のだから、罪を犯し続けても赦されるから罪を犯し続けてもよいと言う人もいました(道徳廃棄論)。
3、周りに罪を犯さないクリスチャンはいないし、生身の人間だから罪を犯すのは仕方がないし、罪を犯すのが人間だから、というクリスチャンもいました。
 聖書はなんといっているでしょうか。聖書は「決してそうではない」(:2)、と語っています。これに目を留めましょう。パウロはここに罪にとどまらない、罪を犯し続けない聖化の道を記します。大切な三つがあります。
  1、私たちはこのことを知っている(:2〜7、6)
 古い自分はキリスト共に十字架につけられています。古い自分とは、アダムから受け継いだ罪を犯す傾向性、内にある罪の性質です。自我、おのれ、原罪、罪を犯す根であり心の病です。洗礼で、あなたはキリスト共に死んでいるのです。「ための」から「共に」の十字架です。
  2、このことをあなたは認めなさい(:8〜11、11)
 神は、あなたの古き人を十字架につけたと見ておられます。それを知ったなら、それをあなたは受け入れるのです。これを信じ、認めるのです。そのとき、神はあなたをキリスト共に蘇らせて、新しい命に生かしてくださいます。新しい性質が与えられていること経験します。
  3、あなたを神にささげなさい(:12〜14、13)
 知って、認めたなら、次は実際的にささげなさい。ここに、意志(自分自身)と五体(体、ローマ12:1)をささげなさい。その時、ホーリネスの道を歩むでしょう。