礼 拝 説 教 要 旨   2017. 3. 5
「来て、見なさい」
ヨハネによる福音書  1章43〜51節
小 菅  剛  牧師
 イエスの公生涯の初め。イエスは、将来(ヴィジョン)を見て、今を生きられる方です。ヴィジョンは、将来地上に残る弟子たちによって神の国が告げ広められることです。使徒言行録となります。そして、今、その日の為にここに二人の弟子を招かれます。
  1、神の弟子への招きはいろんな方法で招かれます
(1)イエスが直接招かれる場合:43,44
 イエスは直接フィリポを招いておられます。フィリポは、ペテロやアンデレと同じベツサイダー出身(:44)で、特に現実を見て考え計算できる人(6:5〜7)。現実派タイプです。彼は招きに素直に従っています。パウロも同じくイエスに直接出会い使徒になります。
(2)神は、人を通しても招かれます。:45〜46
 イエスに出会ったフィリポは、友達のナタナエル(神の賜物)に伝えます。弟アンデレは兄ペテロを導きます(1:41)。兄弟姉妹、友人、妻、夫を通してです。
(3)「来て、見なさい」(Come and see)
 @これこそ、疑う人への回答です
 A議論しません。頑張らないのです。
 BGo and seeではなく一緒に行くのです
  2、神の招きに従った人たちに神の報いがあります
神の招きに従った人たちには、驚くべき報いがあります。
(1)あなたを知られるイエスを見ます:47〜48。これは人生の幸福です。「まことのイスラエル人、偽りがない」とは、罪の自覚と神の赦しに生きる人です(詩編32:2)
(2)イエスを神の子、イスラエルの王と告白する人に(:49)神は、永遠の命を与えて下さいます(20:31)。
(3)イエスの偉大さを見ることになります(:50,51)。イエスの栄光、イエスの力ある奇跡、キリストの仲介者(和解)、復活と召天、再臨を見ることになります。