礼 拝 説 教 要 旨   2017. 7.23
「聖霊に満たされて」
エフェソの信徒への手紙  5章15〜6章4節
小 菅  剛  牧師
 パウロはエフェソのクリスチャンに聖霊で満たされていなさいと勧めます。エフェソのクリスチャンは、パウロの奉仕で聖霊経験した人たちでした(使徒19:1〜7)。聖霊の満たしの経験は「御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ」(エフェソ3:16,17)と同じ経験です。これは、クリスチャンが主に健全な教会生活を送るために必要な恵みでした。この「霊に満たされて」の勧めは、普段の生活のための必要な恵みです。聖霊の満たしは、ペンテコステの日に、宣教の力として「激しい風、舌のように炎」など驚くべき現象がありました(使徒2:1〜4)。しかし、ここでは、そのような事はありません。宣教の聖霊とは違ってと人を愛するために語られています。
  1、聖霊に満たされていることは神の命令です。
「霊に満たされて」は命令形が使われています。それは、
 @賛美と礼拝と感謝が溢れる信仰生活の為に:19,20
 A妻と夫の関係が神の目的に沿うために:21〜33
 B親子の関係が幸福になるために6:1〜4
 C職場の人間関係が健全になるために6:5〜9
 神は普段の生活に聖霊の満たしが必要であると知って命じておられます。
  2、聖霊に満たされていることは現在継続の恵みです。
 満たされ続けなさい。これをあなたの絶え間ない継続した状態としなさい。祈りと明け渡しの継続です。
  3、聖霊の満たしとは聖霊に支配されることを指します
 信仰酒に酔うとは、酒に知性、感情、意志が影響受けて支配されます。「満たされる」とは「人の思いを全く支配してしまうことである」(ギリシア語辞典)。聖霊の支配下に入ることです。聖霊は人格を持っておられるので、交わりと支配にゆだねましょう。