礼 拝 説 教 要 旨   2017. 7.30
「新しい心、新しい霊」
エゼキエル書  36章16〜32節
小 菅  剛  牧師
 ここに旧約聖書で最高の恵みが預言されている。「清い水」「新しい心、新しい霊」はペンテコステ(聖霊降臨)の恵みを現わしている。
  1、神の先行的な約束:6〜24、32
 民は、「血と偶像礼拝」で汚れてしまった。神は神の教えを与え、試練(バビロン捕囚など)を与え、モーセのいけにえ宗教、儀式宗教で民を清められたが、罪深い民は清まらなかった。民が堕落したときに、神の聖なる名を汚したと神は言われる。それで、神はご自身の聖なる名を惜しんで民を清めることにされた。この恵みは、民の必要、民の悲惨、民が求めたからではなく、神がご自分の聖なる名を惜しんで民に清い水を与えられた。
  2、清い水:25〜31
 水は聖霊に用いられる。この清い水はペンテコステの日に下った聖霊を指す。「中に」(:26、27)が2回出る。この恵みはわたしたちの心の中に与えられる恵みである。
(1)新しい心が与えられる:26
肉の心とは石の心と対比して使われる。石の心とは重くて、冷たくて硬い心である。神の言葉に、反抗的な、または無関心の心から柔らかい従順な心に変わる。
(2)新しい霊が与えられる:27
「わたしの霊をお前たちの中に置き、わたしの掟に歩ませる」とある。十戒が外から来ると「しなさい、してはならない」で腐敗している心は守る事が出来ない。一方、新しい霊は十戒が心に置かれて、「わたしの律法を彼らの胸に授け、彼らの心にそれを記す」(エレミヤ31:33)で、ペンテコステの聖霊は十戒を「したい、したくない」に変わるのである。神の恵みである。
(3)真の悔い改めに導かれる:32
清い水が真の悔い改めに導き、神に固着して生きる。