礼 拝 説 教 要 旨   2017.10. 8
「ほの暗い灯心を消すことなく」
イザヤ書  42章1〜9節
小 菅  剛  牧師
 「朝顔に つるべ取られて もらい水」(中村汀女)

「傷ついた葦を折ることなく
暗くなってゆく灯心を消すことなく」(3節)

主が支え、選び、喜び、主の霊が置かれる主の僕の優しい姿が歌われています。この主の僕は、イエスであります(マタイ12:15〜21)。イエスは、血と肉を備えておられ、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることができます(へブル3:14,18)。「キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫びをあげ、涙を流し・・祈りと願いをささげ」(へブル5:7)たのであなたに優しく、優しく接して下さるのです。
勇士エリヤも弱りはてたときに、主の優しさに生かされました。(1列王記19:1〜8)
涙を見て、知って下さるのが主です。息子を亡くしたやもめの涙(ルカ7:13)、墓にいるマグダラのマリヤの涙(ヨハネ20:14)。涙を流されるイエス(ヨハネ11:35)、涙を汲んで下さる主なのです。傷つき、折れやすい葦、消えかかる灯心を傷ついた手で支え、守られるのです。
ペテロは、三回主を否んでしまいましたが、イエスは振り向いてペテロに優しいまなざしをかけられ、自分の情けなさとイエスの優しさに激しく泣くのでした(ルカ22:62)「ああ主の瞳、まなざしよ」は弱り切った時に覚える主の優しさです。
パウロも主の優しさに触れる回心をしました。教会と弟子を迫害するパウロを、主は優しくパウロを包み込まれたのです(使徒26:14)。主の優しさが固い心のパウロを回心に導きました。慰めに満ちた神がパウロの神です。