2018. 1.14
「キリストの満ちている教会」
エフェソの信徒への手紙  1章15〜23節
小 菅  剛  牧師
 

パウロの祈りは信仰と愛(:15)と希望(:18)によって構成されています。いつまでも残るものは信仰と希望と愛(1コリント13:13)とあり、パウロはあらゆることに目先のことではなくいつまでも残るものに目を向ける心が伺える祈りです。その中でここは希望が取り上げられています。希望とは「御国」です(:14)。聖徒たちが受け継ぐもの(:18)です。この御国に目が開かれるために、「知恵と啓示の霊」(:17)である聖霊によらなければなりません。神は、聖霊を私たちにどのようにして与えてくださるのでしょうか。
イエス・キリストの神が与えてくださいます(:17)この17節は「わたしたちの主イエス・キリストの父である神」(:3)とは逆の「イエスキリストの神、栄光の源である父」とあります。イエス・キリストはいつも父と呼ばれましたが、十字架で「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」(マタイ27:46)と祈られました。この十字架のキリストを通して知恵と啓示の霊が与えらがれます。聖霊は次のものを示されます。
  1、希望について(:18)
 聖霊は、わたしたちが受け継ぐ栄光の御国を手に取るように示して下さいます(黙示録7:9〜17、21章、22章)。葬儀の時は勿論、信仰生活の中でこの御国の栄光を見て苦難を耐えることができます。
  2、神の絶大な力について(:19)
 天地創造の神。紅海を分けられた神。その神は墓の中のイエスを復活させられ、神の力は現わされました。
  3、キリストが満ちている教会について:22,23
 自分を見れば罪と汚れと弱さがありますが、神は聖とみておられます。地上の教会は弱く、破れがあります。しかし、聖霊は地上の破れた教会にキリストが満ちていることを示します。教会をくれぐれも批判なさるな。