2018. 1.21
「神の作品である教会」
エフェソの信徒への手紙  2章1〜10節
小 菅  剛  牧師
 

教会は三位一体の神が創設され(1:1〜15)、知恵と啓示の霊によってキリストの体である教会に神が満ちておられることを悟ります(1:17〜23)。今日の聖書は、教会は神の作品(傑作品)であると語られています(:10)。
  1、教会の素材:1〜3
 神の作品である教会は、1〜3節にある素材によって造られます。ここに人間とは何であるかが教えられます。キリスト者は、かつて自分が何であったかをここに思い出します。過ちと罪で死んでいた私たちを神の作品を神は造られます。では、過ちと罪に死んでいるとは、
(1)世の習わし、習慣、時代の精神に従う過ちです:2
(2)この世の霊、悪の霊に支配されていました:2
(3)肉の欲望の赴くままに生きていました:3
(4)生まれながら、神の怒りを受ける者でした:3
神は、こんな材料から素晴らしい作品を造られます。
  2、死んでいたわたしたちを生かす神の愛:4〜6
 死人を生かすのはこの上ない神の愛です。神は、罪人を愛してキリストを世に送り、十字架の愛によってキリストと共によみがえらせてくださいました。神の愛は、先手の愛、無条件の愛、一方的な愛、罪の贖いの愛です。この愛は、死人を生かし、神の絶大な力は死人に命を与えます(1:19〜20)。神は、救われた私たちを通して世に神の豊かな恵みを表そうとされました。
  3、恵みにより、信仰によって創造される:8〜9

 死んでいる人が、神の前に善い行いはできないことは当然です。神の賜物をいただくことを信仰と言います。ですから、誰でも救いを受けることができます。
  4、あらかじめ善い行いする作品:10
 救いは行いによりませんが、善い行いするように造られました。それも自分で考えた良い行いではなく、神の言葉に従う良い行いを行う性質が造られました。