2018. 3. 4
「教会人としての歩み」
エフェソの信徒への手紙  4章17〜5章5節
小 菅  剛  牧師
 パウロの強い勧め(:17)は「語り、そして証しします」が原文で、ここに教会人としての新しい歩みがあります。
  1、古い人を脱ぎ、新しき人を着て歩む:17〜24
 古い人とは:17〜19節に出てきます。クリスチャンも以前はこのような歩みをして来ました。しかし、洗礼は古き人を脱ぎ、キリストを着ました(ガラテヤ3:27)。主の愛によって新しくされたのです(5:1,2)。キリストの歩みそのものから学び、正しく清い生活に入ります。
  2、教会人としての歩み:25〜5:5
 ここに正しく清い具体的な生活があります。ここの隣人とは「互いに体の一部」(:25)とありますから教会の外の人でなく教会の中の生活、兄弟姉妹の交わりです。皆さんは、教会の中でこのような教えが言われるなんてレベルが低いと思われるでしょう。聖書は、理想論を語っている本ではありません。現実を直視します。教会の中に起きる事実です。理想論を言って現実から目を離してはなりません。キリストに結ばれてキリスト御自身の歩みから教えられる人は、このことにきちんと向き合い、キリストを着た生き方を神の前にただしていきます。
  3、聖霊を悲しませないように:30
 聖霊はイエスを信じる人に宿っています。この聖霊に導かれる人が神の子です。聖霊は第三位格で人格を持っておられ悲しみ、うめき(ローマ8:26)ます。キリストの教えに反する言葉や行為をしますと、内に宿っておられる聖霊は悲しまれます。神とキリストの悲しみです。聖霊が悲しまれれば、わたしたちの心も悲しくなります。それでも、悪を行いますと聖霊の火は消えます(1テサロニケ5:19)。すると、信仰も消え、喜びも力も平安もなくなります。聖霊の悲しみは警告を心に与えます。神に従えば、聖霊の喜びと平安が溢れてきます。