2018. 4. 1
「復活のキリストを伝える教会」
マタイによる福音書  28章1〜20節
小 菅  剛  牧師
 死後の世界は考えてもわからない。生きている今をよく生きよう。この考えは理解できます。しかし、あなたの愛するとても大切な人が死んだときもそう言えるでしょうか。愛する人はどこに行ったのであろうかと考えてこそ愛していると言えます。
  1、イエスは復活された
 あなたの理性に戸惑い、つまずき、不可解なことを聖書は告げます。それはイエスの復活です。死んで三日目イエスは甦られました。死人の復活をキリスト教という宗教の枠の中にあなたの理性が押し込めるでしょう。それは教会の中だけのことと封じ込めようと理性は働くでしょう。それともばかばかしいとあざ笑いますか。墓に行った女たちの狂信と片づけないでください。復活が虚偽、フィクション、創作なら教会は2000年と持ちません。何よりも偽りを嫌われる正義の神が聖書の神です。教会の葬儀は明るい。死を軽んじているのではないかと誰も言いません。死後の世界が明確であり、死んだ人の解決があります。生きている人の希望があります。復活が葬儀を悲しい中にも明るい希望の時になりましたのも復活がありましたからです。空の墓の神秘性、空の墓の奇跡がありました。
  2、復活の証人に
 イエスは弟子たちに全世界に出て行って復活のキリストを宣べ伝えて、信じる者に罪の赦しと永遠の命を与えるように命じられました。更に、自分の救いだけでなく、世界の人の救いのために復活の証人となる弟子を造るように言われました。教会が人々の躓きのもとである復活を語らないなら、神に逆らう集団となります。当然反対や攻撃を受けますが復活の証人にキリストは共におられると約束されました。あなたに復活は伝えられました。