2018. 5. 6
「神の愚かさは人よりも賢い」
コリント信徒への手紙一  1章18〜31節
小 菅  剛  牧師
 コリントの教会に分裂がありました(1:11、12)。他よりも自分の方が賢いと考える時に分裂が生じます。パウロは、神の愚かさは人の賢さよりも賢いことを語り、一致に導きます。信仰は、人と比べて優劣をつけるものではなく、神の前に謙虚であることです。パウロはここに、神の愚かさは、人を救う十字架の愚かさ、宣教という手段の愚かさ、神に選ばれた火との愚かさをあげます。
  1、十字架の愚かさ:18
 イエスの十字架は罪びとが救われる神の知恵です。世の知者は、神の救いの十字架を理解できず、愚かとします。アテネの知恵者がそうでした。神は十字架に神の力を現わされました。信じる人は誰でも神が救ってくださいます。イエスと共に十字架につけられた強盗も、疑い深いトマスも学者肌のパウロも十字架で罪から解放されました。信じる人は皆救われます。しかし、愚かとして信じない人は滅びです。人の賢さより神は賢いのです。
  2、宣教という手段の愚かさ:21
 神は、キリストが宣べ伝えられることに人を救おうとされました。宗教熱心なユダヤ人はしるしが人を救い、知恵あるギリシア人は知恵を求めます。よりよい救いの方法を求めます。しかし、神の知恵は人が愚かとする宣教という手段で救いに導かれます。人は聞いて信じて救われます。神の愚かさは人の賢さより賢いのです。聖霊は、人をキリストの証人に変えて人を救いに導きます。
  3、神の選びの愚かさ:26〜31
 この世に知恵は、働きを成し遂げるために知恵ある者、能力のある者、家柄の良い者、力ある者、地位あるものを選びます。しかし、神は無学な者、無力な者、卑しい者を選ばれました。それは、誰一人神の前に誇ることがなく、神を誇るようになるためです。