2018. 6.17
「受けるより与える方が幸いである」
使徒言行録  20章35節
小 菅  剛  牧師
「一生を終えてのちに残るものは。われわれが集めたものではなく、われわれが与えたものである」
 (ジェラール・シャンドリー)
「主よ、わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
 憎しみのあるところに 愛を
 いさかいのあるところに ゆるしを
 疑惑のあるところに 信仰の
 絶望のあるところに 希望の
 闇に 光の
 悲しみのあるところに 喜びの
 種を蒔かせてください
 なお、偉大なる主よ
 理解されることより 理解することを
 慰められることより 慰めることを
 わたしがもとめますように。
 わたしたちは与えることのなかで受け
 ゆるしのなかでゆるされ
 死のなかでこそ 永遠の命にうまれるのですから」
 (アッシジのフランチェスコ)
 パウロはイエスが「受けるより与える方が幸いである」と言われたと言っていますが、4福音書にはイエスの言葉として出てきません。イエスの教え、イエスの生き方、イエスの死が「受けるより与える方が幸いである」に要約できるからでした。イエスの生き方が次のように記されています。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」(フィリピ2:6〜8)。この道には神の報いがあります。