2018. 8.19
「主と共に生きるようになるため」
テサロニケの信徒への手紙一  4章13節〜5章11節
小 菅  香 世 子  師
  1.すでに眠りについた人たち
 テサロニケの教会の人たちはイエスを信じて眠りについた人々のその後について非常に心配しました。そこで、パウロは主の言葉に基づいて語りました。@号令、大天使の声、ラッパの音。A主ご自身が天から降って来られる。Bキリストに結ばれて死んだ人たちが復活。C生き残っている者が引き上げられる。このようにしてわたしたちはいつまでも主と共にいることになりますと記します。先に眠りについた人々への心配は必要ないのです。
 2千年前、ユダヤ人たちはメシアの到来を熱望していました。待ちに待っていました。しかしイエスが誕生なさった時多くのユダヤ人はイエスを信じませんでした。待っていたにもかかわらずです。パウロはこのお方が天から降って来られると語りました。今、このみ言葉の前に私たちは真剣に考えなくてはなりません。
  2.再臨を待つ生き方
 主の日。@その時と時期についてはわかりません。A人々が「無事だ。安全だ。」と言っている矢先に突然襲うのです。B妊婦の産みの苦しみのように必ずやってきてそれから逃れられません。これは不安とか心配をもたらすために記されたのではなく、私たちの生き方を教え、向く方向を示すためです。ここに2種類の人がいます。一つは暗闇の中にいる人です。眠りにうつつを抜かし、酔って放縦に生きる人々です。二つ目は光の子、昼の子です。イエスを世の光として信じた人々です。自己中心に生きてきた私たちが、キリストの光をいただいて信仰と愛の胸当てをしたとき、暗闇から飛んでくる悪魔の矢を跳ね返すことができるのです。いろいろなことを考える頭に救いの希望を兜としてかぶった時から、頭の中を神の国の希望が支配します。それもこれも、私たちが目覚めていても(生きているとき)眠っていても(死んでも)主と共に生きるようになるためです。
 キリストの再臨は遠いように思いますが、実は身近なのです。主と共に生きるようになるこれが入り口です。