2019. 2.24
「キリスト者よ語れ」
詩編  107編1〜9節
小 菅  剛  牧師
 「主に贖われた人々は唱えよ」と2節にあります。クリスチャンよ、語れと言えます。唱えるは辞書に「あるきまった文言を言う、叫ぶ、人に先立って主張する」とありました。クリスチャンは「恵み深い主に感謝せよ、慈しみはとこしえに」を唱え、語るのです。
恵み深い主に贖われました。主の恵みは何でしょうか。この詩編の最後の節は「心におさめ、主の慈しみに目を注ぐがよい」です。この詩編に四つの恵みがあります。
 第一は、2〜9はあるべきところに導かれた恵み
 第二は、10〜16は囚われ人が解放された恵み
 第三は、17〜22は病が癒された恵み
 第四は、遭難した船が希望の港に導かれた恵み
  第一に、語ることの難しさです
 語らないのは、批判されたり、仲間外れにされたり、孤立したくないのです。イエスは、わたしは世に憎まれた、あなた方も憎まれると言われ、批判や憎まれる覚悟を教えられましたが、それを避けようとします。いつしか憶病になってしまいました。
  第二は、キリストの証人としての召命
 語り出るには、自分が信じていることは真実であることが要求されます。わたしたちは、「イエスの証人」(使徒1:8)として召されました。「宣べ伝える人がなければ、どうしてきくことができよう」(ローマ10:14)。わたしたちは、この世の人に機会をあたえましょう。
  第三は、語りだすための原動力を考えよう。
 語りだす力は上から与えられます。イエスは「高い所から力に覆われるまでは、都にとどまれ」(ルカ24:49)と言われました。神と静まり、交わることは上から力を受ける道です。現代の急務です。語りましょう