2019. 9. 1
「主の住まいは麗しい」 
詩編  84編1〜13節
小 菅 剛 牧師
 詩編の真珠と言われ、多くの人々に愛されてきました詩編です。「いかに幸いなことでしょう」が三回出てきます。一回目は、5節に主の家に住むことの幸い、二つ目は、6節に主の家に向かって歩む人の幸い、三つめは13節に主に信頼する人の幸いです。
  1、主の家に住む人の幸い:2〜5
 ここに主の住まいを慕い、魂が絶え入りそうだと言います。素晴らしさは表現できないかのように、具体的な素晴らしさはうたわれていません。言葉がないのでしょう。鳥やツバメはなんと主の住まいの祭壇に巣をつくって宿っているとは羨ましい限りだと言うのです。わたしも翼があれば、自由に飛んで主の家に住みたいと言わんばかりです。主の家とは、神が宿られたモーセの幕屋、ソロモンの神殿、神の教会、更に天のエルサレム、神の都、天の御国をも含んでいましょう。
  2、主の家に向かって歩んでいる人の幸いです:6〜10
 主の家に向かって歩むには、主から勇気が必要です。その道を知り、歩む人が少ないからです。その道を教えてくださいと求めたトマスに、イエスは「わたしが道であり、真理であり、命である」(ヨハネ14:6)と言われました。主の家に至る道は、明確で誰でも歩める広い道です。その道に嘆きや悲しみがあっても、神は喜びの泉と変えて下さいます。この道を歩み人は神から力を受けて、やがて天のシオン、エルサレムで神に会うでしょう。しかし、弱い私たちは、守りを祈ります(:9,10)
  3、神に信頼する人の幸い:11〜13
 再び主の家に住む素晴らしさがこの世のすばらしさとは比較ならないことを歌います。6つの主のすばらしさが歌われます。この恵みは、主に信頼するに与えられ、決して失望することはありません。この道を歩もう。