2019.10.27
「沈黙してはならない」 
イザヤ書  62章1〜7節
小 菅 香 世 子 師
  1.イザヤの時代
 預言者イザヤはユダの王ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代少なくとも40年以上預言者活動をしました。ウジヤの時代、国は富み栄えました。人々は見せかけの繁栄に酔い、神から離れ、社会には不義不正が満ちていました。アハズの時には多くの偶像礼拝が行われました。(歴代下28章)イザヤはエルサレムが荒廃し見る影もなくなることを預言してきました。しかし、神の熱心はエルサレムを回復することを願っておられ、神に立ち返るようにその預言もしました。
  2.シオン、エルサレムのための祈り
 1節に「わたし」とありますが、神ご自身を指していると言われます。しかしそれはまた、主の僕(イエス様)でもあり、さらにはその御声を聞いた預言者のことでもあります。今み言葉を聞いている私たちにとっては教会のことでもあるのです。「わたしは決して口を閉ざさず」「わたしは決して黙さない」のです。それは、シオン、エルサレムの「正しさが光と輝き出で」「救いが松明のように燃え上がる」までなのです。神の熱心です。主の固い決心なのです。そして、この神の御思いを知った者たちが、見る影もなくなった神の民らが「輝かしい冠」「王冠」となるまであつい祈りをささげるのです。この回復はさながら結婚式のような喜びに満ちたものなのです。
  3.沈黙してはならない
 エルサレムを守るために城壁の上に見張りが置かれました。彼らは夜も昼も敵の襲撃に備えて見張りました。さらに「主に思い起こしていただく役目の者」がいます。彼らは王宮の特別な役人で、様々な約束ごとを王に思い起こさせる役目でした。書記のような仕事です。彼らが沈黙していては仕事になりません。
 今の時代を生きるキリスト者はこの見張り役、書記官なのです。「主の沈黙を招いてはならない」のです。神の回復が完全になるまで、その御心を知ったわたしたちは忍耐強く熱心に祈りをささげたいです。