2020. 1. 5
「ガリラヤから全世界へ」 
マタイによる福音書  28章16〜20節
小 菅 剛 牧師
 2020年、教会も教団も昨年に続いて「今こそ次世代への宣教、信仰継承」に取り組みます。日本の人口は戦後から増加してきましたが、現在減少し続けています。高齢化も少子化も経験してきませんでした。こうした日本から世界宣教を神は考えておられます。清田から世界宣教です。これがガリラヤから世界宣教の意味です。神の計画と約束を見ましょう。
  1、ガリラヤから世界へと見られる神:16
 中東アジアでガリラヤは数に入っていません。パレスチナでも「カブルの地(値打ちのない地)」(列王記上9:13)、「異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民」(マタイ4:15,16)と呼ばれていました。神は小さな日の当たらない小さな場所から神の働きを始められます。あなたのその場所から神はご自身の働きを計画しておられます
  2、疑うような小さい者を用いられる神:17
 神はエルサレムにいた弟子にガリラヤに行けと命じられました(マタイ26:32,28:10)。彼らは主の命じられたようにガリラヤに行きました。そこでイエスに会いました。「しかし、疑うものもいた」(:17)。イエスの言葉に従い、復活のイエスに会っても疑う弟子がいました。情けないですが慰められます。神は、そのような弟子たちに大きな仕事を託してくださるのです。弱い者、無力な者、無きに等しい者を神は用いられます。ハレルヤ
  3、神の働きに伴う臨在:20
 一切の権威が授けられたイエスを今も嘲り続けているこの世に福音を伝え、イエスの弟子にし、イエスの礼拝者とするのが神の計画です。洗礼で終わってはなりません。学び続けるのが弟子です。迫害と攻撃と喜びが混濁する世に遣わされます。疑い易いわたしたちへの約束は「いつもあなたがたと共にいる」との臨在が伴います。