2020. 2. 9
「霊の糧 マナ」 
出エジプト記  16章1~22節
小 菅 剛 牧師
 アメリカのリバイバル運動の中、森永太一郎はキリストの救いを受け、子供に夢を森永キャラメル、離乳食マナを世に出しました。マナ(これは何だろう:15,31)は民が荒れ野を旅した40年のパンでした(:35)。神は肉体の糧と共に霊の糧も与えてくださいます。今日は、霊の糧の面からこのテキストから恵みを受けましょう。
神は民が必要なものが何であるかをよく知っておられます。民はエジプトを出る時に、夜中急いで出ました。食料も十分備えず出ています(12:34)。その上、近道ではなく迂回しています(13:17)から食料は一カ月で尽きました。民は飢えで訴え、不平(:7,8,9,12)を言い、神はそれを聞かれても民を責めておられません。それは、神が民の必要を何よりご存知だからです。安心しましょう。
 マナは朝に与えられました(:7,12,13)一日に働きに朝の食事は大切です。霊の糧も同じです。「主を待ち望む者は新しい力を得る」(イザヤ40:31)は朝が大切です。神は朝にマナを「食物としてのパン」(:15)を与えられるからです。私たちは時間の取れる時にと思います。朝の忙しい時は無理だと思います。マナは、なんと「日が高くなると、それは溶けてしまった」(:21)とあります。神はその日の必要な糧を与えられます。ダビデは「朝毎に、わたしは御前に訴え出て、あなたを待ち望みます」と言います。主の僕は「主なる神は・・朝毎に私の耳を呼び覚まし、弟子として聞き従うようにしてくださる」(イザヤ50:4)と告白します。イエスも朝のマナを得ておられます(マルコ1:35)。神の僕は、朝を何よりも神との交わりを最優先しました。クリスチャンの失敗は朝の祈りの失敗なのです。クリスチャンの成長は、朝の確保に見られましょう。神はその日の分のマナを与えられます。毎日神に信頼すること、明日は思い煩ないで良い事を教えておられます。わたしたちは、朝が聖なる戦いでしょう。