2020. 2.23
「仰ぎ見て命を得よ」 
民数記  21章4~9節
小 菅 剛 牧師
  1、信仰は神との体験が必要です:1~5
 民数記は二回の人口調査からタイトルがつけられています。出エジプト時の20歳以上の男子の登録者は60万3000人(民1:46)、荒れ野の40年後の登録者は60万1730人(民26:51)と人口はさほど変わらず神に守られた旅でした。出エジプト時、モーセ80歳、兄のアロン83歳(出エジプト記7:7)とあり、その上に姉ミリアムがいました(出エジプト記15:20)。出エジプトしてミリアムは第一の月に死に、(民20:1)、アロンはその年の第五の月123歳で死に(民33:38,39)、モーセは第十一か十二の月120歳(申命記1:3,34:7)で死んでいます。40年の間に世代は変わりました。新しい世代は、荒れ野旅で不平を言います。親から宗教教育を受けてきましたが、それだけで十分でありませんでした。新しい世代も、個人的な信仰体験が必要です。洗礼を受けた二代目、三代目、四代目は個人的な信仰体験、聖霊のバプテスマが必要です。教会は、次世代の信仰の深みのために祈る責任があります。
  2、神の方法はシンプルです:6~9
 親は、マナに不平を言いませんでしたが、次世代は不平を言います。神は炎の蛇を遣わして民を苦しめられます。それは、民を滅ぼすためではなく、民を信仰に立たせるためでした。モーセは神に言われた通り、青銅の蛇を造り、掲げます。この蛇を仰いだ人々は苦しみから解放されて、命を得ました。次世代への神の教育です。科学と知識の時代にもシンプルに神の言われたようにすれば命を得ることができます。
  3、この蛇はイエス・キリストを指しています
 イエスは、この青銅の蛇はイエス自身であると語られました(ヨハネ福音書3:14~16)。イエスは、私たちの罪の呪いを受けて十字架にかかられました。ここに愛があります。イエスを仰ぎ見る時に魂の救いを経験できます。