2020. 3. 8
「神は、わたしたちの力」 
詩編  46編1~12節
小 菅 剛 牧師
 2節を「神は我らの逃れ場、我らの力。苦難の時の傍らの助け」(聖書協会共同訳)と訳しています。それで「神は、わたしたちの力」と説教題をつけました。
 苦難に二種類あります。ヨブにみられる個人の苦難とモーセの時代のエジプトの民やバビロンによって滅ぼされたエルサレムの民族、国家、社会に見られる苦難です。国難は、指導者の悪政による人災と戦争、疫病、地震、津波、飢饉などの自然災害などがあります。そこにいる信仰者も国難に苦しみます。今日の詩編は、信仰者個人の苦難ではなくユダ国エルサレムの国難であります。
 多分、エルサレムの王ヒゼキヤ、預言者イザヤの時代にアッスリアの王がエルサレムを責めて来た時の詩編と言われています。獰猛な民族アッスリアは侵略に侵略を重ねて国は栄え、BC721年に北王国を滅ぼし、701年にエルサレムを責めてきました。アッスリアの王は、エルサレムの神、主により頼んでも救われない、降伏せよと勧めます。ヒゼキヤ王とイザヤの祈りを主は聞かれて、18万5千の大軍が皆死んでいるのを朝早く見ました(列王記下18:13~19:35)。神は朝早く助けられます(:6)
 この詩編は、アラモト調で礼拝に歌われました。アラモト調とは、高い音程で明るく力強い調べです。アッスリアに勝利した時の作でしょう。しかし、アッスリアが攻めてきました時は、エルサレムの人々は恐れ、慌て、沈み込みました。決して静まったわけではありません。神の勝利の後に信仰に立ちました。アラモト調で歌われているのは、この時の神はあなた方の万軍の主、神だから、信仰に立つようにと勧める調べなのです。
「すべての民は騒ぎ、国々は揺らぐ」中で、神の民は自分や国の力で考えずに、力ある神を仰ぎ静かに待ち望みましょう。セラは、間奏曲で静かにみ言葉を黙想します。