2020. 3.22
「家族になろうよ」 
マルコによる福音書  3章31~35節
柴 田 福 音  伝 道 師
 イエスが悪霊を追い出したり病気を癒やしたりする噂は瞬く間にユダヤじゅうに広まっていた。ナザレにいるイエスの家族の元には「あの男は気が変になっている」(21節)という声が聞こえてきた。そこで母マリアとイエスの兄弟たちはイエスのいるカペナウムにやってきた。(父ヨセフは早くに亡くなったといわれている)
1. 神の家族に加えられる
 当時の社会は今以上に肉親の家族が重んじられていた。それと同時に病気等の理由で肉親の家族から家族と認めてもらえない人々もいた。イエスに従っている人たちの中にも多くそのような人たちがいた。イエスは福音を信じ、御自分に従う一人一人の顔を見て「ここにわたしの家族がいる」と言った。血縁によらない新しい家族へと私たちも招かれている。神は、御自分の家族となった者を責任をもって養い守ってくださる。
2. 神の家族の一人として家族に仕える
 では、肉親の家族は神の家族とされた者にとってどうでもいいものなのだろうか。たしかに福音は、一度はあらゆるしがらみから私たちを自由にする。しかし、神は御自分の家族に対して、閉じられた世界の中で生きるようにとは命じておられない。むしろ、罪を赦され神の家族にしてもらった者として社会と人々に関わっていくことが「神の御心」(35節)である。クリスチャンは神の御心を行うかどうかいつも問われている。
3. 誰でも神の家族になれる
 福音書や使徒言行録を読み進めて行くと、母マリアと兄弟たちものちに神の家族に加えられている。聖書協会共同訳での35節は以下の通り。
「神の御心を行う人は誰でも、私の兄弟、姉妹、また母なのだ。」





中心聖句 マルコ3:35
礼拝賛美 賛美歌21 358、529、451