2020. 3.29
「イエスを見つめながら」 
ヘブライ人への手紙  12章1~3節
小 菅 香 世 子 師
  1、おびただしい証人の群れに囲まれて
 ヘブル書11章は信仰者の列伝が記されます。アベルから始まって旧約聖書の様々な信仰者が出てきます。しかし彼らは約束のものは受けていませんでした。イエス・キリストによって成就した全き福音にはあずかっていなかったのです。それは、その後に生きる信仰者の上に成就したのです。信仰の先輩たちはかたずを飲んでその約束の成就を見ていたのです。
  2、重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てる
 証人という言葉は殉教者という意味にも使われています。信仰者たちは戦いや苦難の中に信仰を全うしていったのです。ここでその姿を競技者のように記します。戦うためには、よけいなじゃまものは身に着けません。みな捨てました。信仰の生き方の足を引っ張る罪、しかも絡みついてくる罪はかなぐり捨てなくてはなりません。身軽になることです。また、この競争は競い合うものではありません。出場する者たちへの賞はみな同じです。
  3、忍耐強く走る
 詳訳聖書にはこのように記されています。「私たちの前に置かれた指定の走路をしんぼう強い忍耐<着実な≪積極な>不屈さ>をもって走ろうではありませんか。信仰はとても実践的なのです。そして、競争であるがゆえに意思の集中と努力を必要とします。世と罪からからの分離、重荷と罪を捨てることは日ごとに更新されるもので、意思と望みも日ごとに再確認されなければなりません。これは忍耐強いものなのです。
  4、イエスを見つめる
 イエス様は「信仰の創始者また完成者」であられます。従順と死を通して命への道を示し、神に導くところの新しい生ける道を明らかにしてくださったのです。「気力を失い疲れ果ててしまわないために」イエス様を見つめながら走るのです。このお方は恥をもいとわず十字架の死を耐えてくださった方たなのです。忍耐強い私たちの模範たるお方は神の右の座にお座わりになりました。